第50回中学生海の作文コンクール(2016年) 入賞作品

海の作文コンクール・選評

選 評

大阪文学学校 講師
高田文月

総評

 今回の応募数は昨年、一昨年のおよそ半数程度で、テーマも大別して幾つかにまとまる内容のものがほとんどでした。それぞれの視点が特別なものというのが見当たらない、ややさびしい審査過程となりました。応募作文の大まかな傾向をいうと、「海」という大きなタイトルを目の前にして、皆さんは漠然とまず、広い青い大きな「海のイメージ」を思い浮かべます。なぜ青いのか、なぜ波が起こるのか、川や湖の水とどのように違うのか。そんなことを考えて、自分の思いや印象を数行、あるいはもっと長く記してみます。またある人はそれから、ネット検索などをして調べてみたことを海の青い理由、波の起こる理由、なぜしょっぱいのか、などとわかったことをまとめてみます。また海洋汚染(琵琶湖などの汚染も同様に)、ゴミの問題、海洋生物に及ぼす害、地球温暖化の問題などにも言及していきます。ほとんどが「海」というテーマでたどり着く道筋のようです。もちろん、そのように調べてみて得た知識で視野が広がり、考えが深まっていくのですから、決してそのことは悪くはない過程です。深い知識まで到達して、それを自分の言葉でまとめていくのはある意味では大変な作業で、そうした作品の中にも労作がたくさんあります。

 学校全体で取り組んだ「臨海学習」の体験を書いた人たちも大勢いました。これは同じ体験をした一人ひとりがそれぞれに苦労して取り組んだこと、その経験から得たことをまじめに考えて作文にしてくれています。琵琶湖を擁する地域の中学校の皆さんは他の地域の人には語れない貴重な視点で琵琶湖の環境問題や漁の仕方などをていねいにまとめてくれました。なにより自分たちの「母なる湖」という誇りをもって書かれています。

 ただ以上のようないくつかの類型に収まる多くの作品のなかから、どの作品がその作者らしい視点や感じ方、その人の人間性がにじむような文章になっているのか、ということに読者は注目するのです。特別な趣向をこらさなくても素直に書かれた文や言葉のなかからその人の心に響いたものが紡がれているかどうかが伝わります。調べたことや考えたことと具体的に体験したり感動したこと、よく見て自分で観察して得たことを、自分で見つけた言葉でつないでみてください。難しいことを注文しているように聞こえるかもしれませんが、借り物でない見方で借り物でない書き方をしてほしい、ということです。

 他のテーマでは捕鯨を日本の文化と位置づけて、それと対立するシーシェパードについて批判的な立場で書いた人もいましたが、外国との関係について考えた作品は昨年や一昨年に比べると圧倒的に少なかったです。

 受賞作品の紹介をします。

★金賞「海」

 瀬戸内海に浮かぶ島に祖母を訪ね、都会の暮らしでは体験できない自然の豊かさを身近に感じて素直に綴っています。この作者は実際に自分の目でみた風景や自然のなかの具体的な生き物にふれて自然の恵みについて語り、地元の人の見方を紹介することで自分の気づかなかった自然破壊などにふれ、問題提起しています。タイトルはたとえば「祖母の海」などのように内容をもっと表す工夫をするといいでしょう。

★銀賞「自分たちにできること」

 大阪湾にそそぐ大和川が過去40年間ワースト1位から4位の間にありつづけたという不名誉な川であることをとりあげ、それがこの作者の地元の川であること、その大和川での小学生時代のマラソン体験にふれながら、身近なところから環境汚染の問題をとりあげています。丁寧に身近なところから視点を拡大していくテーマ展開のやり方が、漠然と大きな問題を取り上げても足もとがあやふやな作文にならず、生き生きとしています。

★銀賞「海」

 滋賀県の中学生ですが、地元の琵琶湖を題材に取り上げる人たちが多い中、この作者は父親の単身赴任先の仙台について書いています。「東日本大震災」の被災地である仙台でこの作者が実際に目にした津波被害の跡地の様子や、そこから学んだことを具体的に書いています。海のテーマで津波を取り上げる人は多いですが、自分の目で確かめた情報や実感を裏付けに書くことは貴重で稀な経験で、そこから視点を広げているのがよかったです。

★銀賞「海の情景」

 この作者はこの作文にあるように、現実に宮津市の由良の海辺に住んで、日常的に海とともに暮らしています。毎日が海とともにある自分の土地柄を美しい良いところだと読者に教えてくれます。都会の人は旅行者としてしか海を見ることはできませんが、この作者は自分の今現実に暮らしている故郷に誇りをもって日常にある海を作文に描いています。当たり前に思っている風景を改めて問い直し感謝する視線を自分で再発見しています。

 最後に付け加えますが、この四人の人に共通していたことは、原稿用紙を正しく使っていたこと、そしてていねいできっちりと正確な文字で書かれていたことです。基本的なことができるというのは形式だけでなく、内容と並行して備わっているものです。