第50回中学生海の作文コンクール(2016年) 入賞作品

銀賞1

自分たちにできること

近畿大学附属中学校 3年
綾野 亜美

 私は大阪湾の河口に近い大和川の前に住んでいます。大和川は「日本一汚い川」として有名です。小学生のときに私が体験した魚つかみの川とはきれいさ・透明度・魚の量・においなどすべてが比べものにならないくらいかけ離れていると感じました。

 大和川の汚さがワースト一位になったのは十一回、ワースト二位になったのは二十三回、ワースト三位になったのは五回、ワースト四位になったのは一回と、四十年間にわたってワースト一位から四位をとりつづけているのです。これはとても不名誉なことです。

 私もよく大和川に散歩しに行くのですが、とにかく悪臭がします。草も生え散らかり、ゴミもたくさん落ちているというのが現状です。

 大和川が汚い原因の八割は生活排水をきれいにせずに流してしまっていることです。あとは昔から工場が多いので工場排水が汚染の原因と考えられます。下水道の整備が不十分なこともあり、完全に浄化されていません。

 大阪湾自体もそんなにきれいとは言えません。なぜなら、埋め立てによって潮の流れが悪くなり、汚染物質が溜まりやすくなったからです。加えて、大和川が大阪湾の一部に含まれていることも原因の一つと考えられます。

 一方で大阪湾は「魚庭の海」と呼ばれ、毎日およそ二百三十種もの魚が水揚げされています。例としてマイワシやイカナゴがあります。魚のえさとなる生物が多いため、脂がよくのり、とてもおいしいことで知られています。そんな資源が豊富な大阪湾がこれ以上汚染されないようにするにはどうすればよいのでしょうか。対策として、自分達でできることは、洗濯のときに環境に優しい洗剤を使うこと、食器を洗うときに新聞紙やキッチンペーパーなどの紙で拭いてから洗うこと、ゴミや油をそのまま水に流して捨てないことなどが挙げられます。身近にできることがたくさんあります。特に油は10ミリリットルを魚がすめるようにするため浴槽が7杯分必要になります。毎日そんな汚れた水が流れていると考えると恐ろしいです。生活排水や工場排水などが原因で起こる赤潮が発生していしまいます。

 私の行っていた平林小学校では冬の時期になるとマラソン大会がありました。みんなで大和川の堤防で走る恒例行事なのですが、この行事を好きな人はいないと言っても過言ではありません。理由として冬で寒いというのもあるとは思いますが、横にきれいな川があるとどうでしょう。少しは寒さが和らぐと思います。そのために私たちにできることは何でしょう。私の地元の中学校の新北島中学校では科学部の部員が大和川の源流の水質調査を行っていたりゴミを拾ってくれたりしています。毎回大量のゴミが回収されます。ゴミを拾っているということは、それだけゴミを捨てる人がいるということです。だから、ゴミをどこにでもポイポイ捨てる人が多いことが問題です。また、大和川にいる貴重な鮎やウナギの稚魚を釣ってしまう人もよく見かけます。これも問題です。無断で釣ることはもちろん禁止されているので、もっと監視するべきだと思います。せっかく築かれた生態系を崩してしまうと本来あるべき姿に戻ることが困難になります。きれいなところにすむといわれている鮎が増えると他の生物も増え、きれない川に近づくと思います。大和川では大和川再生協議会主催の「大和川クリーンアップ大作戦」というイベントがあります。たくさんの人が参加していますが、まだまだ声かけが足りないのでもっと積極的にアピールしていくことが課題だと思います。

 最近は、大阪湾も大和川も水質が改善されつつあります。昔よりきれいにはなりましたが、まだまだ問題がたくさんあります。下流のほうだけで頑張っても意味がありません。上流のほうも協力してみんなできれいな住みよい大和川を築いていくことが必要です。

 私の住んでいるところも昔は海だったので埋め立てられたところに住んでいます。自然は人間の都合で良くも悪くも変わっていくのだということがよく分かりました。

 このように、ひとりひとりが意識づけさせるためにはどのようなことをするべきなのかということを考えることが大切だと思いました。

銀賞2

大津市立 志賀中学校 1年
永田 美琴

 私の父は仙台に単身ふ任をしています。仙台といえば、平成23年の「東日本大震災」の被災地です。

 仙台の海の近くでも大きな津波におそわれ、たくさんの命がなくなりました。今でもわが家が建っていただろう土台やカベにひびが入った家など所々に見ることができました。そして海岸には、海を見ることができないくらい、高い高い堤防が作られていました。いつもは、静かできれいな海。見ているだけで、気持ちがいい海が見られなくなることはとても残念なことだけれども、また大きな地震がおきて津波がきて、たくさんの命がうばわれてしまうのも悲しいことなので仕方がないのかなぁと思いました。

 そして松島にも行きました。松島でも津波の被害を感じました。今は、観光客もたくさん来ていて、そんな被害は感じられなかったけれど、つぶれてしまったお店などもありました。船に乗り海へでましたが、とてもおだやかで、大きな津波がきたなんて信じられませんでした。

 また、車で道を走っていると、あちこちに「津波到達地点ここまで」という看板がありました。とっても海から離れたところにもありびっくりしました。海の近くでは、家の2階程の高さにも看板があって信じられない気持ちでいっぱいになりました。

 仙台には、メイプル館という所があります。そこでは、津波のこわさを忘れないように、地震の時のビデオが流されています。メイプル館は、港の近くにあります。津波の被害はとても大きかったようです。津波は、あっという間に家や車や人、物を流してしまいました。津波がくるという知らせに高い所へ逃げている人からは、海から水があふれて陸へ流れこむ様子がわかったようで、下の人達に早くひ難するようにさけんでいるのがとても印象的でした。そして、大きな船でさえも陸の遠い所まで流されてきていました。車にしても家にしても、とても大きな物で、人間の力でどうにかしようと思ってもなかなかできないのに、水のい力はすごいなぁと思いました。

 私は、いろいろな被災地におとずれて海は「こわい」「おそろしい」という気持ちになりました。でも、私は泳ぐのも好きだし、お風呂も大好きで、水なんて全然こわくない。同じ水だけれども、すきな水とこわい水と2つの水があって不思議な気持ちになりました。

 私達が暮らしていく中で水はかかせないものです。ご飯を炊くのにも水はいるし、水を飲まないと死んでしまいます。そして、とても身近にあるのも水です。そんな水をこわいと思ったことはありません。でも夏休みには、川に流されたり、プールでおぼれたりする人もいます。それが原因で命を落とす人もいます。水は、私達の生活に必要な物だけれども、こわいものでもあると感じました。

銀賞3

海の情景

宮津市立 栗田中学校 2年
大森 愛菜

 どこまでも広がる水平線。太陽の光を反射して、キラキラと黄金色に輝くおだやかな海。流れつく小魚をついばみ、満足そうにテトラで休むカモメたち。私たちは、生まれた頃から、海と隣り合った毎日を送ってきた。こんなにも自然豊かなここ、由良で。

 私の知っている海は、四季折々のさまざまな表情を見せてくれる。ポカポカと陽がさす暖かい春。砂浜には、たくさんのワカメが流れつき、私たちの食卓に並ぶ。早朝には、魚釣りを目的とした人が多く浜にすわり、海と過ごす静かな時を送る。私の父も魚釣りが好きで、よくいっしょにアジ釣りに行ったりしている。私は、父が釣ってきた魚をさばくところを見るのが楽しくて、いつも隣でながめていた。そう思えば、いつも、潮の香りに囲まれて生活してきたように感じる。

 うだるように暑い夏。色とりどりのパラソルが砂浜をカラフルに色どり、海水浴を楽しめる。由良の海は遠浅で、比較的子供でも安心して入れるのも一つの良さだと思う。観光祭の時、由良ではみかんなげをする。みかんは由良の特産品であり、保存のために冷凍してあるみかんは、暑い夏にぴったりだ。そして、夏には、花火大会がある。海に、それぞれ思い思いの絵をかいたとうろうを流し、花火を楽しむ。遠くの方に浮かぶ、ぼんやりと光をはなつとうろうと、花火のあがる景色は、とても幻想的だと思う。

 少し暑さから解放されてくる秋。あぶらがしっかりのったサンマ。刺身として食べると絶品のアオリイカ。まさに食欲の秋だと思う。それに何といっても、秋の夕焼け。空が真っ赤に染まり、水平線のかなたに夕日が沈んでいく様子は、秋だからこそ望める景色だと思う。

 厳しい寒さにおそわれる冬。サーフィンをしにやってくる人が多く見られる。あらあらしい波しぶきが、冬の寒々とした感じを思わせる。日本海側だからこそ望める雪景色。波のおだやかな日は、白い雪と青い海のコントラストが、とても美しい。

 由良には、おだやかな海と、切り立った断崖で入りくんでいるリアス式海岸である奈具海岸、別名「安寿ロマン海道」がある。電車でも、途中で止まり、撮影の時間をもうけるほど、窓から見る、奈具の水平線のかなたまで見わたせる景色は、絶景だ。その点、おだやかな海と、切り立った断崖の奈具海岸、二つ同時に望めるというのは、何てぜいたくなことなのだろう。

 もう一つ、若狭湾に注ぐ広い由良川を、横断する鉄橋も、窓から見る風景は圧巻だ。広い川に細い一本の橋。真下がすぐ川という、少し怖いが、とても魅力的な様相は、誰をもおどろかせることだろう。「千と千尋の神隠し」にも出てきた電車のように、まるで水の上に浮いたかのような感覚を楽しむことができるだろう。

 ある日のことだ。早朝、私は家の近くの浜辺を犬と散歩していた。一休みしていると、空を飛んでいた鳥が、急に海に向かって急降下し、あっという間に一ぴきの魚をつかまえて出てきたのである。私はとっさに思った。「あの距離から、あの正確さで魚をつかまえられるなんて、なんて視力がいいのだろう。」と。海の中にいても、必ずしも安全ではなく、外から狙われることもあるのだと。でも、これが自然界の仕組みなんだ、仕方がないのだなぁと思わされた。朝早くから鳥が海でえものをとる瞬間が見られるなんて、あまりないのだろ。これは、海の近くに住んでいるからこそ、見ることのできた貴重な瞬間だったのかなぁと思っている。

 浜から見える、若狭湾に浮かぶ冠島とくつ島。昔から、冠島には、一般の人は立入禁止、漁師の人も、供え物を持っていく時だけしか上陸できない島だった。なぜなら、大漁を願う神様がまつってある、神聖な所だからなんだとされているからである。また、国の天然記念物に指定されている「オオミズナギドリ」を守るためでもある。

 慣れ親しんだ潮の香も、奈具海岸に打ちつける荒々しい波も、テトラで休むカモメさえも。私にとっては、何気ない日常の一部であった。しかし同時に、かけがえのない「思い出」という宝物だったのだ。私は今まで、こんなとこ田舎で、不便なところだから、と思っていた。だが本当は、きれいな海もあり、由良川、若狭湾、天橋立などすべてが一望できるような山もある、とても豊かな自然にめぐまれたところで、生活していたんだと気づかされた。これからも、海と共に、ずっとこの土地で暮らしていきたいと思う。

 

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