第50回中学生海の作文コンクール(2016年) 入賞作品

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作1

海と私達

守山市立 守山中学校 1年
木坂 友絵

 海。それは、私たち人類が生きていく上で欠かせないものの一つです。人類は海で生まれたのですから、海が無ければ私たちはここにいることは無かったでしょう。それから、普段私たちが口にしている魚や海藻も、海が無いと手に入れることすら不可能です。

 しかし、私たちの生活に欠かせない海は、他でもない私たちのせいで、今、さまざまな問題を抱えているのです。

 まず一つ目の問題は、「海洋汚染」です。海洋汚染とは、生き物にとって有害なものが、人間の手により海に持ちこまれたり、下水から海へ流れこむことです。「人間の手により海に持ちこまれるもの」の例として、海水浴に行った人が、ゴミを海に捨てていくことなどが挙げられます。また、「下水から海へ流れこむもの」の例としては、家庭や工場からの排水が挙げられます。この、「海洋汚染」は、海の生き物に害を及ぼすだけではなく、私たち人間にも害を及ぼすのです。というもの、海にある有害な化学物資は、食物連鎖をとおして濃縮されながら、生物の体内に蓄積されていきます。ですから、生態系のピラミッドの一番上にいるものほど、つまり人間ほど高濃度の有害物質をとりこむことになるのです。そうなると、人間は、自分達の手により自分達の体に有害な物質を入れようとしている、ということになるのではないでしょうか。海とそこにいる生き物、そして自分達をも危険にさらす「海洋汚染」は、とても深刻な問題であるということができます。

 二つ目の問題は、先ほど述べた「海洋汚染」に深く関わっている、「赤潮」です。この、「赤潮」は、海洋汚染と同じで、生活排水が原因で起こるものです。これは、植物プランクトンが大増殖することによって海水の色が、赤褐色か茶褐色、緑色に変わることをいいます。赤潮が発生すると、水中の酸素が少なくなったり、魚のえらにプランクトンがはりついたり、毒のあるプランクトンを魚が食べたりして、多くの魚が死んでしまうことがあります。なので、漁業にも大きな害を与えてしまいます。人間はまたしても、自分で自分の首をしめるようなことをしているのです。あろうことか、そこで生きている魚たちを道連れにして。

 まだまだ他にも問題はありますが、紹介した二つの問題は、「自分達の手で解決できる問題」だと私は思っています。一人一人が意識して行動すれば解決ができる問題。例えば、流しに油や洗剤をなるべく流さないようにすることや、シャンプーやリンスは使いすぎないようにすることなどです。かくいう私も、「海」について考えて調べるまで、海洋汚染や赤潮のことは、知りませんでした。私と同じくらいの人で、海について考え、行動している人はそれほどいないでしょう。でも、私は海が抱えている問題を知りました。解決する方法も知りました。私はそれを周りの人に伝えていきます。私の言葉を聞いた人が、また周りの人に伝えていき、それを聞いた人がまた周りの人に伝えていく…。そのようにして、いつかは日本中、世界中の人が海のことを考えるようになればいいな、と思います。

 最後に。私は、小学校六年生のときに、立松和平さんの「海のいのち」という物語について学びました。この学習のときに、私は、「海の命」とはどのようなものであるかを考えました。人それぞれ、いろいろな考え方があると思いますが、私は「海で生きている生き物達」だと思っています。つまり、海洋汚染や赤潮で生き物達が死んでしまったら、それと同時に「海の命」も削られると思っているのです。これ以上、「海の命」を削ってしまわぬよう、私は海を守っていけるように頑張りたいです。人間が、いつまでも海と一緒に生きていけることを願い、私はこれからも、海と海の命に感謝していきたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作2

今、海を見て考えること

守山市立 守山中学校 2年
小林 巧弥

 みなさんは水没の危機に瀕している国々を知っていますか。代表的なのは、太平洋に浮かぶツバル、キリバス、インド洋に浮かぶモルディブです。

 ツバルでは海抜が最高5メートルと低いため、水位の上昇による水没が懸念されています。キリバスは平均海抜約2メートルという低い陸地のため水没の危険があります。モルディブは、国土の約8割が海抜1メートル以下なので水没が進んでいる国です。島国である日本も決して他人事ではありません。

 これらの国が水没の危機に瀕している理由には地球温暖化があります。地球温暖化は温室効果ガスが原因で起こる地球表面の大気や海洋の平均温度が長期的に上昇する現象です。それにより陸上の氷河や氷床に貯蔵されていた氷などが融解され、それが海面上昇に繋がっています。

 地球温暖化は海にも様々な悪影響をもたらしています。海の環境に悪い影響が及ぶということは、当然そこで暮らす魚などの生態系にも被害を与えるということです。そして結果的には人間の行う漁業にも悪影響を与え、私達の貴重な食料が損なわれてしまう可能性もあるのです。

 近年、魚のエサとなる「プランクトン」が減少傾向にあるという研究結果が発表されました。それによりプランクトンをエサとしている魚の生息量も減ってしまうことになります。水温上昇によって海底まで十分な酸素や栄養分が行き渡らなくなり、プランクトンや魚の生息が困難になることもあり、世界中の海の魚が小型化してしまうのではないかという説もあります。

 またこれは、海に限ったことではありません。日本の琵琶湖では、この現象によって、湖底で生きる事の出来なくなった魚の死骸が大量に発見されたという出来事もありました。

 ではこのまま地球温暖化が進むと私達の生活はどうなるのかを考えてみました。気候変動により、今までの安定した生活が送れなくなります。たとえば、生態系への影響では対応できなくなった動植物は減少すると考えられます。これにより食糧危機のおそれがでてきます。水資源の影響では、降水状況が大きく変わるおそれがあり、水害や渇水の危険性が増加します。また、健康での影響では熱射病が増加したり、風土病であるマラリアなども流行する危険性があります。

 では、地球温暖化をくい止めるにはどうしたらよいのでしょうか。まずは温室効果ガスである二酸化炭素の排出量を減らさなければいけません。これは国境を越えて広がる環境問題です。日本では世界全体の二酸化炭素排出量の約3.8%を排出しており、国別では中国、アメリカ、インド、ロシアに次いで世界で5番目に多く二酸化炭素を排出しているのが現状です。

 このように地球は今、とても深刻な状態にあります。こんな時こそ団結し、行動を起こすべきなのではないでしょうか。省エネルギー製品の開発や、ソーラー発電や風力発電等の化石燃料を使わない発電を開発すること。そして緑を大切にし、限りある資源を大切にする。なにより自分で出来る小さな事を実行して地球を守る手助けをしたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作3

海の活用と人類の発展

守山市立 守山中学校 3年
九里 孝行

 私たちが暮らしている地球。その、約七〇パーセントが海に覆われています。

 国立研究法人の海洋研究開発機構である、通称JAMSTECでは、その広大な海の調査や地球シミュレーションを用い地震や気候変動などの様々な研究が行われています。

 JAMSTECと聞いても、あまり、なじみがありません。

 具体的にどのような活動をしているのか調べてみました。

「有人潜水調査船しんかい6500」は、有名です。「しんかい6500」は、深度六五〇〇mまで潜ることができる潜水調査船です。これは、日本のみならず、世界中の海底の地形や地質、深海生物の調査などを行い、世界をリードしています。

 巨大地震が発生するプレートが沈み込む場所や、生まれるところなど地球の動きに関する現象を調べ、地球の成り立ちなど解明します。

 深海の、太陽がほとんど届かず、水圧が高い未知の世界での多様性に富んだ生物の調査。特に、海底から湧き出す熱水に含まれている硫化水素やメタンをエネルギー源にしている生物を調査し、生物の起源や進化について解明するなど、様々な取り組みが行われています。

 私は、これらの調査により、誰も知らない生命誕生の謎、生命の起源が解き明かされると思います。

「地球深部探査船ちきゅう」は、世界最高の掘削能力を持ち、海底七〇〇〇mまで掘削する事が出来る地球深部探査船です。この船の完成により今まで人類が到達出来なかったマントルや巨大地震発生帯の掘削が可能になりました。

 そして、地球の過去の変化を詳しく調べることが出来るようになり、未来を予測する手がかりになると、私は考えます。

 また、巨大地震の震源まで掘り進め、そこを直接調べ地震発生のメカニズムを解明することができます。

 さらに、掘削した所に、孔内観測装置を設置し、リアルタイムでデータを送信し、地震発生直後にその情報を陸に伝えます。そのデータを元に、地震速報や、津波警報に役立てます。

 この、地震・津波観測監視システムにより、防災や減災対策に役立てられ多くの人の命が救われることになると、私は期待しています。

 私は、この技術は、地震が多い日本に欠かせない素晴らしいシステムだと思いました。

 また、日本は国土が狭いものの世界第六位の大きさを誇る排他的経済水域を持っています。

 その、日本近海の海底には、多くの資源が眠っているのです。この資源を効率的に採取することができれば日本の経済成長を支えることにもなり、また人類の発展のために役立つと思います。

 海底の、地熱で熱せられた水が噴き出す熱水噴出孔では、銅や亜鉛、鉛、金、銀などの重金属などが沈殿することでできるチムニーといわれる柱状に突き出した構造物が形成されています。そのチムニーを人工的に作ることに成功しました。ただ単に採るのではなく、人工的に作るということに驚きました。

 将来、資源を育てて採るという時代が訪れると聞いてわくわくしています。

 JAMSTECの研究により、海を活用し、将来、人類が発展していけるように私は、期待したいと思います。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作4

海の生き物

守山市立 守山中学校 3年
奥田 真帆

 海にはたくさんの生き物が住んでいます。

 生き物によって住んでいる場所がちがいます。例えば「汽水」「干潟」「藻場」「深海」などがあります。

 汽水(きすい)には、汽水魚がいます。汽水魚とは、河口など淡水と海水が混じりあう箇所(汽水域)に生息する魚類です。汽水魚の代表魚には、ボラやマハゼ、スズキなどがいます。

 藻場(もば)には魚というよりも海草などがたくさんあります。

 千潟(ひがた)とは、砂浜と比べて、波浪の影響が少なく勾配が緩やかで、土砂粒径が小さく生物相が多様な平坦地形である。干潟の代表種には、ムツゴロウやワラスボ、アゴハゼなどがいます。

 深海(しんかい)は水深二百メートルより深い海域で、そこに住む魚を深海魚といいます。深海魚の代表魚には、ホウライエソやチョウチンアンコウ、ダイオウグソクムシなどがいます。

 私は、海の中では一番深海魚のことが好きです。

 理由は、とてもふしぎでおもしろい魚が多いからです。

 その中でも特に好きな魚が四匹います。

 一匹目は、深海ザメの仲間のラブカという魚です。ラブカとは、世界中の深層に生息する深海ザメで、体長は二メートル前後。体色は黒褐色で、原始的なサメの特徴をよく残している事から生きている化石とよばれているそうです。ラブカは人に遭遇することは少なく、危害を加えることはないそうです。

 歯が鋭くて、他のサメとは形がぜんぜんちがうのでかっこいいと思いました。

 二匹目は、ダイオウグソクムシです。ダイオウグソクムシはダンゴムシが白く大きくなっただけみたいですが、とても謎が多い深海魚です。

 ダイオウグソクムシは5年間何も食べなくっても生きていけるそうです。5年間何も食べてなくて死んでしまったときの死因は「餓死」ではなかったそうです。

 私はダイオウグソクムシについての記事を読んでいて、「すごいな、おもしろい」と思いました。

 はじめて写真で見たときは「きもっ」などと思いましたが、本物を見たときは、きもかわいいと思いました。

 三匹目は、リュウグウノツカイです。

 リュウグウノツカイは、古くから知られてきた深海魚の一種です。太平洋、インド洋、大西洋など、世界中の海の外洋に幅広く分布しているそうです。

 リュウグウノツカイをよく見ると顔はこわいですが、体についている赤いヒラヒラしたものはきれいだと思いました。

 最後は、チョウチンアンコウです。チョウチンアンコウは、丸みを帯びた体型と、餌を誘うために用いられる頭部の誘引突起を特徴としています。

 チョウチンアンコウは、口が大きくてこわいですが、丸みを帯びた体型がかわいいと思いました。

 私は、深海に住んでいる不思議な生き物が好きで画像をしらべたりしていますが、とてもおもしろい生き物ばかりでおもしろいです。魚の形がわかっていてもどんな生態かわかっていない魚もいるそうです。だから、まだ見つかっていない魚もいるかもしれないです。

 不思議な事が多い場所だから、私は海が好きになりました。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作5

さらなる楽しみに向かって

関西学院大阪インターナショナルスクール 8年(中2)
前田 欧香

 「Bon・Voyage!」

 私は昨年までに豪華客船で六回クルーズし、二十一ヵ国を周った。初めてのクルーズは、ドイツに住んでいた頃に行った、美しいアドリア海クルーズで、船内のとても豪華なメインロビーや絶品料理に引き込まれた。クルーズの魅力は、寄港地での観光、船内での催し物などがあるが、中でも私がいつも楽しみにしているのは、船内での食事の時間だ。その理由はただ料理がおいしいだけではなく、「ドレスコード」によって、普段は着ることのないドレスなどを着て、おしゃれも楽しむ事が出来るからだ。また、ウェイターたちとの会話や、同じテーブルについた幅広い世代の人たちとの交流もとても楽しい。短い食事時間の間に沢山のことを得た気がし、楽しい会話や服装の違いで、料理がよりおいしく感じられる。こうやって、毎日本格的なレストランで食事をする事で、自然に食事のマナーも身に付けることが出来た。また、他人と相席することもよくあるが、そうすることで、違う文化や宗教などを学ぶことが出来た。

 数年前のクルーズではこんな経験をしたことがある。ある日、昼食にイタリア人の家族と相席した時のこと。パスタを食べていた私を見て、一人のイタリア人男性がこう言った。

 「君は、まだ本当のパスタの食べ方を知らないな。パスタの正しい食べ方は、丁寧にめんをフォークに巻いて、スプーンを使って食べるんだよ。」と。私の中では、イタリア人の前でいい所を見せようと、既に精一杯努力していたが、彼らにはその成果は認められなかったらしい。それでも間違った方法で食べていたのを放って置くのではなく、正しい食べ方を教えてもらえたのは、やはりうれしかった。

 私の部屋には、その時の写真や思い出の品が沢山残っている。私はその写真を見ながら思う。

 「初めてクルーズ船に乗って、知らない人と話した時はとても恥ずかしかったけれど、今考えてみれば、とても貴重な経験だったな。」

と。でも、それならばクルーズ中恥ずかしいなどと思わずに、せっかく身に付けた英語を使って、船内の外国人たちともっと話せばよかった。しかし、船に乗っていた外国人と触れ合ったからこそ、英語が上達したようにも思える。

 「次回は聞き手に回るばかりではなく、もっと相手に自分の経験や日本の文化を伝えて、食事も船内のイベントも、思う存分楽しみたい。」そう思って出掛けたこの夏の日本一周クルーズ。そこでは、私達日本人がよく知っているトランプ「ババ抜き」が、アメリカ人には、「一体何と言うゲームなんだ?とても面白そうだけど。」と言わせるほど珍しくて不思議なゲームであることを知り、ゲームのルールを教えて共に遊んだり、フィリピン人のウェイターから、テーブルナフキンでの動物の作り方を教わり、お礼に折り紙の鶴をプレゼントしたり。更には、ドイツ人と一緒に卓球を楽しんだりもした。又、今回が初のクルーズとなった祖父母には、

 「こんなに素晴らしい船上生活があるとは知らなかった。こんなにも楽しい思いが出来て幸せ。ありがとう。」

と、心から喜んでもらうことが出来た。クルーズは堅苦しいのでは、と二の足を踏んでいた祖父母のこの言葉は、私にとって嬉しいものだった。

 このように、行く度に違う楽しさ、喜び、そして驚きを味わえるクルーズを、私はもっともっと多くの人に知ってもらい、沢山の人とこの素晴らしさを分かち合いたいと思っている。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作6

日本の文化を守る

田辺市立 本宮中学校 1年
松井 深山

 私達が住む日本は、海洋国であります。そのため、魚や貝などの海の幸を頂いて、大昔から生きてきました。海の幸を頂くことは、日本の文化であり、生きていくためには決して欠かしてはいけないことであります。

 しかし、この文化、この暮らしを阻止しようと活動する組織があります。シーシェパードです。あの者達は海で数多くの悪事をなしております。それらの活動に僕は憤りをおぼえます。そして、絶対にその悪事を止めさしてやります。

 シーシェパードの正式名称はシーシェパード環境保護団体です。その名の通り海洋生物のための直接行動を揚げる組織です。その活動は過激で暴力をいといません。シーシェパードは海で悪事をなす組織、海賊であります。その現れにシーシェパード海賊の揚げる旗は、海賊旗を模しています。旗の地は黒で、頭の人骨が描かれています。この旗は人々を恐怖におののかせ、シーシェパード海賊の本質を表しているように思えます。

 シーシェパード海賊の一番初めの主な活動は、十九八〇年のことです。マッコウクジラの捕獲一時停止の反対票をカナダの代表が投じました。このことからシーシェパード海賊が「彼等を殺す」と脅迫しました。

 このことは非常におかしいです。鯨と人、その他の動物・植物など全ての生ある者は平等です。それならば、どの生物を殺すことも同じ罪です。しかし、僕はシーシェパード海賊が「彼らを殺す」ことの罪と、漁師さんが鯨を殺すことの罪は等しくないと思います。シーシェパード海賊の罪の方が遥かに重いです。なぜなら、シーシェパード海賊は自分達の思い通りにするため、漁師さんは生きるために仕方なく殺しているからです。シーシェパード海賊が「彼らを殺した」として、多くの鯨が助かることは決して良いことではありません。なぜなら、命というものは足し算・引き算では計算できないものだからです。例えば、一匹の死にそうな虫がいたとします。これをあなたが救ったとします。だからといって別の一匹の虫を殺して良いことにならないのと同じです。漁師さんが鯨を殺すことは漁師さんが生きていくためにしていて、その鯨を食べる人がいるのです。「美味しい、美味しい。」と言われながら食べることで鯨の死はむくわれます。しかし、日本以外の国では、鯨の肉を食べず、鯨の油だけを採り、その他の部分は捨てる所もあります。これは本当にひどいです。油を採るのは生きるために仕方がなくではなく、人類の便利な生活を送りたいという欲望のためです。欲望のための殺生は最も罪深いことです。その罪深いことをしないように二つのことを人類は誓う必要があります。一つは欲望による捕鯨をしないこと、もう一つは必要以上の捕鯨を行わないことです。

 次にシーシェパード海賊の設立者ポール・フランクリン・ワトソンについて書きます。彼は環境保護・自然保護を行うグリーンピースの元メンバーでした。しかし、より暴力的な活動をしなければならないと思い、シーシェパード海賊を設立しました。

 僕はポール・フランクリン・ワトソンについて二つのことを思います。

 一つは、環境保護・自然保護を行っていたのに、なぜ捕鯨の阻止だけになったのかということです。恐らく鯨が可愛いから、ただそれだけの理由です。僕は捕鯨には大賛成ですがポール・フランクリン・ワトソンに言いたいです。なぜ鯨だけなのか、その他の生物の保護も行わなければならない、とです。鯨も人もその他の動物・植物も平等であるからです。

 もう一つの思ったことは、なぜ暴力で解決しようとするのかということです。確かに過去には過激な行動によって、世の中が良くなったこともありました。しかし、それはその行動でしか解決する方法がなかったからです。捕鯨の阻止の場合は、話し合いにより、解決できる問題です。

 海の幸を頂いて、これからも生きていきましょう。そのために、全ての生ある者は平等であることを知り、海洋問題は話し合いでのみ解決できることを常に心に留めておく必要があります。そして人類の誓うべき二つのことを僕も誓い筆を留めます。一つは欲望による捕鯨をしないこと。もう一つは必要以上の捕鯨を行わないこと。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作7

海の環境と経済水域

田辺市立 本宮中学校 3年
杉山 陽来

 海は、地球上にある全ての生物を生み出してきました。また、海は今でも人や多くの生物にとって大切な場所であります。

 しかし、その海が人の手によって破壊されている事実があります。

 海にごみを捨てることによって、多くの生物がそれをエサとして飲みこんでしまい、その生物が死亡することがあります。

 また、海岸にたまったごみのせいで、ウミガメが産卵できなかったりすることなど、生物の成長を邪魔をしてしまうこともあります。

 ポリぶくろやレジぶくろなどのシート状のプラスチックが海底に沈むと、そのごみの下で、有機物が分解されにくくなり、ヘドロを形成したりします。

 ヘドロは、自然のものは上に砂などを多くふくむ層でかくれているので、基本害はありませんが、何らかの要因によってヘドロが地表に出てきたりすると、エラにくっついたりして、魚が大量に死滅したりします。また、昔の事では、産業廃棄物などの有害物質がヘドロについて人的被害が大きくなった例があります。

 過去の話になると、終戦前後に行われたビキニ環礁での水素爆弾の実験に繋がるクロスロード作戦などがありました。それは、多数の軍艦を置き、海中で水爆を爆破させるというものでした。これらの実験により、ビキニ環礁付近の海域にはしばらくの間かなりの濃度の放射能が発生しており、たまたまここを通った漁船の第五福竜丸が被爆したということがあります。

 このように、海を過去には何度も汚していっています。

 また、欧米などの国が環境を保護しようという動きが強くなったのはつい最近でもあります。

 海は地球表面の七割を占めています。もし、地球上に海がなければ全ての生物はとても困ってしまいます。消失してしまうと、魚がいなくなって漁業が不可能になります。また、魚を主食とする生物は絶滅してしまいます。大昔をたどれば、酸素を生み出すバクテリアが誕生していないし、最初のように全ての生物は海から生まれたというように、生物が一つも住むことができない他の星と同じような状態になっていたかもしれません。

 しかし、逆に増え過ぎても困ります。

 近年、南極の氷が溶け始めています。これにより海面の上昇が起きて、日本から南にある国のツバルでは、国のほとんどが水没を始めています。

 この現象の原因は地球温暖化にあり、このままでは日本も海に沈む可能性も絶対に無いとは言い切れません。

 このような事を問題視しているのは我々ですがこのような現象を作ったのは我々人間であることを忘れてはなりません。

 人間は、自然を粉砕する力がありますが、破壊された自然を再生することもできます。

 それでも、消すことは楽ですが、もどすことは困難を極めます。

 しかし、もどせなくても現状を維持することはできます。

 環境とは別に、中国の尖閣諸島の領有権についてでありますが、もしあの島を失うと、日本は経済水域を失います。これにより、日本の産業や経済などに大きな打撃を受けることになります。

 日本は海洋国ゆえに本土の資源はとても少ないです。

 だから、島が一つだけでも日本からなくなったりすると、沖ノ鳥島が沈んだとすれば四十万キロメートルほどの経済水域を失うことになります。これは日本の国土より広いです。

 なので、失うと生活は苦しくなるでしょう。

 しかし、領海がいくら広くても、汚染されていたら意味がありません。海や水を汚くするのは我々ですが、きれいにすることも我々であり、他人事とは呼べないでしょう。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作8

様々な問題から考える

田辺市立 本宮中学校 3年
田口 大地

 海がなければ、雲はできない。雲がなければ雨は降らない。雨がなければ川はできない。このように、海は地球上の生物にとって、大切な存在です。また、この地球上の全ての生命は四十億年前に、海から誕生したのです。この最初の生命が進化を繰り返し、今に至っているのです。自分達人間も、遠い遠い遠い昔に、海から生まれたのだと考えると、不思議な気持ちになります。

 海は、生命を創り出した場所であり、生命にとって、大きな役割を果たしています。

 そんな海に、今様々な問題が発生しています。その一つが、ごみ問題です。大量のごみが海に漂い、海岸に打ち上げられています。それだけではなく、ごみを餌だと思い込み、食べて、死んでしまう魚や鳥がでてきます。これによって、生態系が崩れてしまう可能性もあるのです。

 僕も、この夏休み中に何度か海で磯遊びをしました。とても奇麗な海だったけど、岸にはビンや、ペットボトル、ポリ袋、軍手、タンク、車輪などのたくさんのごみが打ち上げられているという状態でした。家族で、小さなごみを拾って帰りましたが、ごみを山や川、そして海に捨てる人がいるから、自然が汚されてしまうのです。あのごみ達をみて、

「ごみを捨てないでほしい。捨ててはいけない。」

と、強く思いました。

 ごみによる問題だけではありません。生活廃水を主な原因とする水質汚染です。これは、家庭から出る生活廃水が川や海に流れて水質を悪化させてしまうという問題です。汚染が進むとその周辺から魚がいなくなったり、汚染した魚を食べて、人体に悪影響をもたらす場合もあります。高度経済成長期には工場からの煙による大気汚染、工場排水による水質汚染、これらが原因で、公害病が全国各地で発生しました。

 このように、過去には、工場が大きな問題を引き起こしたことがありました。しかし、工場排水についての新しい法律がいくつもつくられて、今では、工場による水質汚染問題は、ずいぶん少なくなりました。生活廃水による水質汚染が深刻化する今、川や海が汚染されるのを少しでも防ぐため、何か対策をする必要があると思いました。

 ごみ問題も、水質汚染も大きな問題ですが、地球全体に関わってくる問題があります。それは、地球温暖化、です。地球温暖化とは、二酸化炭素などの温室効果ガスによって地球の気温が上昇する現象のことです。地球にはオゾン層という層があります。これは、太陽からの紫外線を防ぐ、いわば地球のサングラス、なのです。しかし、人間が多くをつくり出す温室効果ガスが、オゾン層を破壊するのです。

 オゾン層が破壊されていけば、当然日差しも強くなりますよね。日差しが強くなれば、その分地面や水面が温められ、自ずと気温も上がります。そうなると、少しづつですが、海面が上昇していきます。陸地の氷が溶けて海に流れ込む。これがずっと続いてしまうと、海抜の低い地域や、島などが海に飲み込まれてしまうという可能性もあるのです。

 地球温暖化によって、海水面は過去百年間で、十九センチメートルも上昇しています。南太平洋の小さな島国では、海水の上昇に伴い、自国の領土がどんどん減っているという現状です。

 また、海水温度の上昇によって、大量の水蒸気を含んだ超巨大型台風が発生し、日本を含む周辺の国々に甚大な被害をもたらすとも言われています。そんな台風がもし本当に発生するとしたらその対策もしなければなりません。

 ごみ問題、これを減らすのには、一人一人が、「ごみを無闇に捨てない。」という気持ちを持つことが大切だと思います。

 水質汚染問題、これを解決していくには、どんな対策があるのかということを考えるのが重要だと思います。

 地球温暖化、地球全体に関わるこの問題は、地球上のみんなが、温暖化によってどんな問題が生じ、どんな影響をもたらすのかを理解した上で、この地球が、地球上の生命が、海が、自分たちの子孫がどうなってしまうのか、過去から未来まで視野を広げて考える必要があります。

 このような問題に共通するのは、考えること、です。様々な問題に向き合い、私たち一人一人がそのことについて深く考えることで何か良い方法が、見つかるかもしれません。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作9

私たちの大切な琵琶湖

大津市立 志賀中学校 3年
前川 美果

 琵琶湖は私たち滋賀県民にとって、とても身近な存在です。毎日電車や学校から見える琵琶湖はとてもきれいです。このきれいな琵琶湖を守るための滋賀県の条例があることを知りました。その条例を詳しく調べてみると、三つ気になる条例がありました。一つは、滋賀県内においては、リン入りの洗剤を使用してはならない。という条例です。なぜリン入りの洗剤を使ってはいけないのかという疑問が出てきたので調べてみました。すると、琵琶湖の周辺では、高度経済成長期に人口増加や都市開発が進み、水質汚濁が深刻になっていたことがわかりました。十九七七年には、初めて赤潮が発生しました。赤潮とはプランクトンの異常増殖により海や川、運河、湖沼等が変色する現象です。プランクトンが魚のエラに触れ、エラに障害を起こし、呼吸ができなくなったり、プランクトンが大量に酸素を消費するために琵琶湖の酸素が欠乏して大量の魚が死んでしまいます。では、なぜ赤潮が発生してしまったのでしょうか。それは、リンを含む合成洗剤が原因の一つとされています。だから、滋賀県ではリン入りの洗剤を使用せず、石けんを使用するという条例が出されているのです。

 二つめの気になった条例は、指定域内には自動販売機を置いてはならない。という条例です。今までは気にしていなかったけれど、琵琶湖の周りに自動販売機が置いてあるのを見たことがないなと思いました。私は、自動販売機は便利だし、琵琶湖で泳いだり、砂浜で遊んだりした後は喉が渇くので、逆に熱中症予防や脱水症状予防のためにも自動販売機は置くべきだと思いました。

 三つめの気になった条例に、容器入りの飲食料を販売する者は、必ずごみ箱を設置しなくてはならない。という条例があります。この条例を見て私は、自動販売機を置いてはいけないのも、容器入りの飲食料を販売する者は必ずごみ箱を設置しないといけないのも、ごみ箱がないと、持って帰るのが面倒になってしまい、ポイ捨てをしてしまう人がたくさん出てくるからだと分かりました。せっかく、赤潮もなくなり、きれいな琵琶湖になってきているのに、ポイ捨てで汚れてしまったり、生き物が死んでしまうのは良くないと思いました。

 そして私は、もう一つ気になったことがあります。それは琵琶湖の歴史です。琵琶湖はいつからあったのでしょうか。なんと、四百万年前から六百万年前だそうです。元は三重県に、地殻変動によってできた、構造湖という、湖の成立原因による分類の一つで、地殻の断層運動によって発生した湖だったそうです。私は、琵琶湖は昔からあったことは知っていたけれど、これほど大昔から地球上にあったということを知ってとても驚きました。

 この、古くからある琵琶湖には、世界でも珍しく、日本で唯一の淡水に浮かぶ有人島、沖島があります。私は滋賀県に住んでいて、小学校五年生の時に、フローティングスクールという、滋賀県のいくつかの小学校が合同で一つの船に一泊する行事で、沖島の前を通ったので知っていました。私が沖島を見たのは真冬の雪が降っている日だったので、雪が積もっていて、とてもきれいで感動しました。私は、同じ滋賀県なのに、ディズニーランド三個分の広さに、約三百八十人が住んでいるということを、全然知らなかったので、とても驚きました。

 昔、琵琶湖にはとてもたくさんの問題がありました。それは、人々が、琵琶湖をきれいに保つという気持ちや、自分一人くらいなら大丈夫なのではないか、などの少しの気の緩みが原因の一つだったのではないかと、私は考えます。しかし、たくさんの問題が起こった時、人々がこのままでは良くない、きれいな琵琶湖にしようと考え、行動に移してくれたおかげで、今私たちは、毎日きれいな琵琶湖を見ることができ、赤潮や水不足などの心配をしなくてもいいのだと思います。このようなことを改めて知ることができ、とても嬉しく、琵琶湖を誇りに思います。

 これからは、昔の人々がきれいに、大切に守ってきてくれた琵琶湖を私たちが、清掃活動や石けん運動など、たくさんの活動に参加し、百年後、千年後、いつまでもきれいな琵琶湖を保ちたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作10

偉大な母、海

大津市立 志賀中学校 1年
明治 凜花

 私は、兵庫県神戸市で生まれました。私の家は海の近くにあったので、いつもの遊び場所は海でした。

 私は海が大好きです。砂浜に寝ころがるとさわやかな風、私を温かく包み込む太陽の光、砂のやさしいぬくもりすべてが感じられ、波の音は鼓動のリズムと同じゆらぎで、不思議と母のお腹の中にいるようで心地よかったです。海は人間が自然の一部だと感じさせてくれました。そんな海は、空から雨が降り、大地に吸収され川となり、湖となり海となり、その海に太陽の光が注がれ蒸気が発生して雲となり、いつしかまた雨となって大地に降り注ぐ。このサイクルのお陰で生物は今も生きていけている。私達は地球でたくさんの自然の恩恵を受け命を輝かせているのだなという事を感じさせてくれました。海は私にとって、人生を豊かにすることを教えてくれる学校でした。

 時が経ち、私達は兵庫県から滋賀県へひっこしをすることになりました。思い出の場だった海から離れるのが寂しかった私は大泣きし、両親を困らせました。滋賀県もきっと気にいるから。と、いやいや車に乗せられた私はすねてずっと横を向いていました。二時間ぐらいたったでしょうか。母に滋賀県についたよといわれ窓を見てみると私はそこに見える景色を見て飛び跳ねました。

「お父さん海だよ。滋賀にも海があるんだね。」

「あれは海ではないよ。琵琶湖っていうんだ。」

「お母さん、海とびわこってどこが違うの?」

「海の水はしょっぱいでしょ。でも琵琶湖はしょっぱくないの。あと、琵琶湖は日本一の湖なんだよ。じゃぁ、新しいお家についたら琵琶湖に行ってみよっか。」

私はうれしくてたまりませんでした。これまで湖なんて行ったこともありませんでしたし、ましてや、日本一の湖なんて、一刻も早く間近で見たくてうずうずしていました。

 そして、ようやく家に着き、初めての琵琶湖とご対面です。琵琶湖を見た瞬間、私は目を輝かせて走っていたと母は言います。さすが日本一の琵琶湖。とっても広くてどこか懐かしの海を感じさせました。私は、琵琶湖も、滋賀県も一瞬で大好きになりました。この時、海は私に、新しい出会いの大切さや楽しさを教えてくれました。

 滋賀県にひっこしてきてもう何年もたち、すっかり滋賀県になれた今の私。さすがにもう泣かないけれど、やっぱり海が少し恋しい部分もあります。私達は毎年一、二回、夏の神戸に遊びにいき、母なる海にあいにいっています。そしてまた、海にいろいろなことを教えてもらっています。

 いつも、静かに波音をたてている海ですが、人類が誕生する前から存在し、いろいろな時代や風景、世の中の進化をみてきました。時には、世の中が便利になるにつれてあたりまえになっていき、どんどん忘れられていく身近にある大きな幸せや日々感謝すべき事を、人間に身をもって教え、時には、神秘的な姿になり、私達をいやし希望をあたえてくれます。つまり、海は私達にとって偉大な母なのです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作11

戦艦「大和」

大津市立 志賀中学校 2年
田中 航大

 「こんなものが本当にあったのか」僕は驚いた。

 先日、広島県を訪れた際に、広島県呉市に行った。呉市は、かつて呉海軍工廠という、戦艦「大和」の建造で有名な日本の海軍工廠があった場所として有名だ。僕は、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)に行った。大和ミュージアムには、戦艦「大和」の10分の1の模型がある。10分の1の模型だったが、とても大きかった。これの十倍だと思うと、「こんなものが本当にあったのか」と信じられなかった。戦艦「大和」は、全長二百六十三メートル、重量約六万五千トン、船幅三十九メートルの史上最大の戦艦だ。当時世界最強の戦艦とも呼ばれていたようだ。正式な呼称は、「軍艦大和」。大和の艦名は奈良県の旧国名の大和国に由来する。戦艦「大和」は、沖縄特攻を敢行し、沖縄へ向かっている際にアメリカ軍の集中攻撃に遭い、九州南西沖に沈んだ。水深は三百五十メートルなのだが現在では正確な位置を把握して遺品の収拾までできるようになった。調査によると船体は二つに折れているようだ。これは主砲火薬庫の爆発によるものと考えられている。

 大和ミュージアムには、さまざまな資料や、引き上げられた遺品の数々が展示されていた。それを見ているだけでも胸がいっぱいになった。

 戦艦「大和」には、名物がある。それは、「海軍カレー」だ。大和の食糧庫は大型の電気冷蔵庫を完備し、常に大量の食材が詰まっていた。英国海軍の流れを受け継いでいるため洋食も多く作られていたようだ。なんと上級士官になると洋食フルコースを食べる事もあったそうだ。下士官もシチューやマカロニサラダなど当時としては珍しい料理を食べていた。辛い戦艦勤務だったようだが、楽しみは何と言っても食事だった。肉じゃがやコロッケ、鯖の煮つけなどを日替わりで食べていたようだ。特に毎週金曜日のカレーライスは人気だった。カレーライスは海軍伝統料理だ。揺れる艦内でも簡単に食べられて栄養価も高いこの「海軍カレー」。今でも海上自衛隊で人気メニューとして引き継がれている。

 僕は、呉に行ってよかったと思った。他にも海上自衛隊呉史料館てつのくじら館にも行った。掃海艇による掃海や機雷の種類と技術、潜水艦の機能、艦内生活など海に関わるたくさんのことを学んだ。海の乗り物や海での仕事のことを調べることは実におもしろい。みなさんもぜひ海に関わることについて調べてみてはどうだろう。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作12

祖父と海

大津市立 志賀中学校 1年
岡崎 龍飛

 僕の祖父は、石川県能登半島の先端にある狼煙という町に住んでいます。何も無い所ですが大きな灯台があります。そして目の前に海が広がっていてそこには、小さな港があります。そこに、僕の祖父の船があります。その船に乗せてもらったり、魚を網から外している所を見せてもらったりしています。

 もともと僕の祖父は大工をしていました。今はその大工を引退して、道の駅で働きながら漁をしたり、わかめの養殖をしたりしています。なぜ今頃漁師をしようと思ったのか、気になりました。そこで、僕は祖父に話を聞きました。

 祖父はもともと海が大好きで、祖父の父と同じように漁師になりたいと思っていたそうです。ところが、海で祖父の父がそう難し亡くなってしまいました。家族の反対があり、漁師をあきらめて、大工になったそうです。

 狼煙の海は、内海と外海がぶつかる所で、荒れた時の波は、防波堤を簡単に乗り越えてしまいます。僕は、それを見て海は怖い所もあるんだと思いました。もし僕の家族が海でそう難したら漁師になろうとは思わないだろう。だから、祖父の漁師になりたいという気持ちは、すごいと思ったし、夢をあきらめないことは、大事なことだと思いました。

 祖父からは、たまに魚やわかめが届きます。僕は祖父が命がけでとってきてくれた物なので、感謝の気持ちを持って食べようと思いました。そして、僕も夢をあきらめない強い気持ちを持ちたいです。

 海で働く事は、危険ととなり合わせでやってきるんだということを知りました。だから、祖父には気をつけて、これからも頑張って漁師をやっていってほしいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作13

ウニの駆除

田辺市立 新庄中学校 1年
津田 拓海

 僕の中学校の一年生は、地域のことを調べています。僕は、新庄の漁業について調べるグループで活動しています。

 僕たちは、七月七日に、畠の鼻というところで、ウニの駆除に行きました。ウニの駆除をする理由は、ウニがヒジキなどの海藻を食べるからです。

 それで、畠の鼻へ行って、ウニの駆除の手伝いをしました。ウニの駆除を教えてくれたのは、橘さんです。

 ウニの駆除をする前に、コンテナの中に入っていたウニを試食させてくれました。僕は、ウニがあまり好きではないから、食べませんでした。

 ウニの駆除をする時は、ツルハシみたいな道具などを使いました。ウニはそこらへんにいました。その見つけたウニを刺しても、まだ動いていて、「生命力がすごいな。」と思いました。そのあと、駆除したウニを、コンテナに入れました。

 コンテナに入れたあとに、また、駆除しました。ウニを駆除している途中で、写真をとってくれました。

 ウニは、たくさんいましたが、小さな穴などのところにたくさんいたので原くんと道具を交かんしました。

 狭い岩と岩の間に、大きなウニや小さなウニがいました。でも、結構細い所にいて、採れにくかったです。道具で採ろうとしたけれど、採った瞬間はずれたり、はがそうとしたらウニが流れて、見失うことがあったから、素手で採りました。手だけで結構な量のウニを採ることが出きたけど、手が痛かったので、軍手をまたつけて、道具を使いました。

 中途半端でやっていた場所をやめて、コンテナの所に行きました。すごい数のウニがいました。僕は、「こんなに、いっぱいウニがいるのに、これも全部捨ててしまうんか、なんかちょっともったいないな。」と思いました。でも、ヒジキなどをたくさん育てるために少しウニを減らさなければいけないから少し仕方ないと思いました。

 ウニが減ったために、ヒジキも順調に回復してきています。僕は、やっぱり海の生き物も、多くてもだめだし、少なくてもだめで丁度いい多さがいいと知りました。

 あと、ウニの生態を少し調べました。

 ウニのとげは、身を守るためにあります。また、歩いたり、体を固定したりするためでもあります。

 あと、ウニの寿命は、二〇〇年もあります。生命力が強いため、環境破壊をする可能性があります。

 ウニには、いろんな種類のウニがいますが、一番危険なウニはガンガゼといいます。ガンガゼの特徴は、ほかのウニよりもとげがするどく、そのとげには毒があります。

 ガンガゼは、目のようなものがあって不気味だし、身近な海にもいるかもしれないから気をつけたいです。

 ウニのえさは、海藻なのでそれが減少するため、回復をはかろうと、今海藻の再生のため、ウニの駆除にとりくんでいます。

 あと、その駆除したウニをどのように処理しているのかと思いました。僕が、思うのは、そのウニをどうにしかして利用できないかなと思いました。

 僕は、そこらへんを歩いていたら、つぶれたウニを見つけて、それを、ガンガゼとかんちがいしました。

 そして、駆除が終わると、同時に、大きな波が来て、ズボンのおしりの所がぬれました。

 そして、コンテナの所に全員集合して、橘さんに、ジュースとおにぎりをもらいました。

 食べ終わってウニの入ったコンテナを小船に移しているのを見てたら、昔、学童にいたかず兄がいました。

 そして、帰る前に、ハーベストに寄って、足を洗ったり、着替えをしたりしました。

 最後は、谷本先生の車に乗って帰りました。ウニの駆除は、初めてだったけど、楽しかったです。僕は、ウニが大量発生して、海藻が全部なくなるのはいやだし、魚が卵を産む所がなくなって、魚が、あまり増えないから、ウニの駆除は、大切だなと思いました。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作14

海は今危険なんだ

田辺市立 新庄中学校 1年
竹中 光

 みなさん、海のスポーツと聞いたら何を思い浮かべますか。多分サーフィン、ボート、サップなどを思い浮かべますよね。

 僕はその中でも、カヌーをやっています。

 カヌーをやっていると海について色々な事が分かってきます。

 まず一つ目は、海の水が少しずつ汚くなっているということです。僕がカヌーをやっている時に、「ゴンッ」と何かに、パドルがぶつかったりします。その「何か」は、魚の死骸でした。魚の死骸が浮いているということは、僕が思うに、海が汚くなっているという事なんだと思います。

 汚くなっていると言えるのにも理由があります。まず、作業船からの油です。カヌーを漕いでいると、海の表面に水銀のようにきらきら光っている液体が浮いているのが一目で分かります。そして、その液体を辿っていくと、作業船から流れている事が分かりました。

 そして僕は頭で作業船イコールきらきらと光る液体と考えてみると、液体は油だと分かりました。油は海を汚すと知っていたので魚が死んだ姿で海に浮いていたんだなと分かりました。

 そしてその油や工場からでている煙などのせいで海がすごく濁り、汚くなっています。その汚さで魚が住みにくくなるのもかわいそうなので、国としても何かできる事があればそのことを実行して海の「青」をいっそう「青く」して欲しいです。

 あとカヌーをしていると、「ポーポー。」と聞こえてくる時があります。その音がする方向に目を向けてみると、作業船の何倍も大きい真っ白の船があります。その船は、「海猿」のモデルとなった海上保安庁の船です。海上保安庁がある事で海の上の安全を保ってくれていると思います。

 僕がカヌーをしている海の海上保安庁の船は二つあり、どちらも和歌山に関係している名前です。まず一つ目は、「みなべ」といい、二つ目は「こうや」といいます。みなさんなら聞き覚えがある名前じゃないですか。

 そして、ニュースで海で溺れた人が助けられたという事を聞きます。そして、助けられている所をLIVEで流れている時、その助けている人のライフジャケットを見ると、「海上保安庁」と書いています。僕はそのニュースを見るといつも「僕もカヌーをしているけど海上保安庁に守られているのかな」と思います。

 あと海の「ゴミ」もすごく量が多い気がします。

 カヌーをしていても魚と同様に「ゴンッ。」とゴミがあたったりします。カヌーをしている時にあたりを見渡したりするだけでも視界には一から三個はあります。ゴミが浮いていてる事は環境にもやさしくないし、僕らが食べている魚にとっても住みやすくないですよね。このゴミを減らすにはどうすればいいでしょうか。まず一つは、ボランティアに参加することです。僕も、海のゴミを拾うボランティアに参加したことがあります。ボランティアに参加しても意味がないのではと思っている人もいるかもしれませんが、ボランティアに参加するだけでも、終わってからの心が今までの心よりもっと強くなれると思います。なぜかというと、終わってから「これをして良かったな」と思わない人はいないと思うからです。だって、「ボランティア」は地球のためにしている「仕事」だからです。仕事といっても給料はもらえませんが、心はいままでより強く、たくましくなると思います。

 僕はこれからもカヌーをします。

 カヌーの終わりに、海に感謝しながら「ありがとうございました。」と言います。これからはこれまでより感謝の気持ちを込めて言いたいと思います。これからのカヌーでは、海に「ありがとうございます。」という気持ちを常に持っていきたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作15

思い出の海

大阪市立 旭陽中学校 2年
河野 陸

 小さい頃から海にはたくさん行きました。

 二色浜はあまりキレイではなかったけど、きっと最初で最後?のお父さんと二人だけで行った思い出の海。

 白浜は小学生の間、毎年行って美味しい魚もいっぱい食べた思い出の海。

 沖縄はシュノーケルしたり、ジンベイザメと泳いだ思い出の海。

 グアムはすごくキレイで、水上バイクに乗ったり、スキューバーをした思い出の海。

 どこの海も楽しかったすごくいい思い出があります。

 僕は前世が魚だったんじゃないかと思うくらい小さい頃から海に入ると気持ちが落ち着きます。海の中は気持ちがよくて、深くて、暗くて、宇宙に浮いているような気分になります。

 いつでもその場所に行けば、当たり前にある海だけど、テレビでいうような環境汚染が続いたら、泳げなくなる海もでてくるのかな?シュノーケルで見たサンゴ礁も小さい魚たちもいつか見られなくなるのかな?

 僕と同じように海が好きな人はいっぱいいると思います。これからもキレイな海で泳ぎたいという人がほとんどだと思います。そんな人がもっともっと増えて、全員がそう考えれば、すごい事は何もしなくても、当たり前のようにキレイな海が残せる、簡単な事のような気もします。ずっとずっと後の世界でも僕のようにみんなが思い出を残せる海であってほしいと思います。

 裸足では歩けないくらいに熱くなった白い砂と、おいでおいでしているみたいに、行ったり来たりする波とか、浮いているだけで笑ってる子供が、僕の夏の一番の思い出の場所。海です!

 そうは言いながらも、今年はまだ一度も行けてません。中学生になって、勉強と委員会と部活と、すっかり忙しくなってしまったからです。去年も一回しか行ってないです。

 さっさと夏休みの宿題を終わらせて早く行きたいです!

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作16

山と海と地球

大阪市立 旭陽中学校 2年
大塚 俊輔

 僕がこの海の作文を書こうと思ったきっかけは、今年から施行される山の日からでした。山の日は海の日が施行されてから二十年ぶりに施行され、ここ数年で日本が自然について深く考えるようになったから施行されたのだと僕は思っています。

 僕は二つの休日はこれからの日本だけでなく、世界にもかかわるとても重要なことだと思っています。山は酸素の源、海は水の源、これらは人間が生きていくためには欠かせないものです。地球をあきらめて火星に移住するという計画が進んでいますが、それではすぐに火星もダメになってしまいます。地球は私たちが苦しむことなく生きていける奇跡の星です。だから、この奇跡の星は、世界中の人々が協力して守っていかなければならないと僕は思っています。

 僕はSHINKAIという漫画で今、日本の深海はゴミがたくさんあり、とても汚染されていることを知りました。この漫画にはこのようなセリフがありました。

「人類は海から生まれた---そんなことを言う奴がいるがそれは嘘だ。もし本当なら故郷をこんなに汚して平気でいられるわけはないからな。」

 この言葉は全世界の人々に一度聞いてほしいと僕は思っています。これを聞いて考えをあらためないと地球は滅び、人類も滅んでしまいます。

 この奇跡の星である地球を守るのは、全世界の人々が協力すればとても簡単なことです。全世界の人々が自然を守るという意識をもって行動をして、後世に伝えていけば、この奇跡の星を守ることができると僕は思っています。だからこそ、海の日と山の日はとても重要なのです。全世界を一度に動かすのはとても大変です。でも日本国内ならすぐにでも改善できます。そして、それを世界の人々に伝え、奇跡の星を守る。そのために必要な休日だと僕は思っています。だから僕は、自然を守り、豊かな暮らしを全世界の人々ができる日が一日でも早く来るように心から願っています。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作17

海のきれいさ

大阪市立 旭陽中学校 2年
原口 紗弥

 海といっても日本にはたくさんの海があると思います。私が海と言われて思いつくのはサンゴ礁の広がる小魚があちこちいて透明ですきとおった海が一番最初に出てきます。ですが、日本の海全てが私の想像した海ではありません。中には人間が捨てた大量のゴミが海を汚していることもあるのです。それで私は海はキレイでこそいいと思ったので海はどうして汚れるのかそしてキレイな海にするためには何をすればいいのかを考えました。

 まず、海はどうして汚れるのかを調べました。すると、驚くことに約半分が生活排水(風呂・トイレ)などが海の汚れの原因になっていました。その次が工場からの産業排水や畜産などからの排水が原因でした。私は工場が一番海の汚れと関係が深いと思っていましたが、なんと私の一番身近な所で海の汚れと関係していたなんて、驚きました。かつては産業排水が主原因だったそうですが、工場などに対する規制が強化され、排水処理対策の進んだ今では、生活排水が汚れの大きな原因となっているそうです。

 生活排水の汚れの中でも食品について調べてみました。食品をそのまま流した場合、コイやフナなどの魚が住める水質にするには、浴槽何杯もの水が必要になります。また、食品には、栄養塩類である窒素や燐が含まれていて伊勢湾などの閉鎖性水域に大量に流れ込むとプランクトンを増殖させ赤潮を発生させる原因となります。みそ汁おわん一杯を捨てるとすると浴槽の四・一杯でうすめないといけないことになります。私たちが一日に流す汚水の量は、一人あたり約二百五十Lになりますが、そのなかには四十gの汚れが含まれています。なかでも生活雑排水から汚れが二十七gと、およそ七割を占めていて、一人ひとりが流す汚れは小さなものでも、それが集まると、大変な量の汚れになると思います。このことからも生活排水を未処理のまま流すと、水質汚濁の大きな原因となることが分かります。

 次に海をキレイにするためには何をすればいいかを考えていきます。私は海をキレイにするためには水質汚濁の原因が最も大きい生活排水の対策をする必要があると思いました。まず、台所では調理くずと食べ物の残りは、水といっしょに流さないことが大事だと思いました。その対策として、㊀流しの排水口には、目の細かいストレーナーを付けること。㊁食器についた油などの汚れは、ゴムベラ、キッチンペーパーなどで拭き取ってから洗うようにすること。㊂みそ汁などは作り過ぎに注意すること。などが台所での注意です。その他に洗濯の洗剤は適量以上に使いすぎないことなどがあります。この事を注意すれば少しでも海の水がキレイになるんじゃないかと思いました。

 私は海が近くにないので旅行とかで行くことしかありませんでした。でも、海がキレイになると毎年毎年の夏が楽しみになり、夏の暑いムシムシとした感覚や夏バテの日も海に入ってスッキリして気持ち良く過ごせると夏も変わっていくんではないかと思いました。私も家庭で水質汚染の原因をあまり作らずに過ごしていこうと思いました。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作18

美しい海を目指して

近畿大学附属中学校 3年
沖野 美優

 太陽の光を映し、きらきらと光る。白い砂浜から青く透き通った水がどこまでも広がる。それが私の海のイメージだ。しかし、私は海に行ったことが無い。私は長時間紫外線に当たることのできない体だからだ。そのため、私の海のイメージは、写真や誰かに聞いた話を集めたものだ。

 しかし、私の海に対するイメージは少し間違っているようだ。私がその事を知ったのは、テレビでしていた夏の海特集がきっかけだ。

「増え続ける海のゴミ」という大きな見出しとともに映し出された映像は、私の海のイメージを大きく覆すものだった。飲み終わったペットボトル、何かの袋、かき氷の容器など数多くのゴミが砂浜の上に捨てられていた。

 しかし、そこに映し出されていたのは、ゴミだけではなかった。そこには、小さな子どもや若い女性、おじいさんやおばあさんなど、年齢や性別の全く違う人たちが映っていた。そんな彼らには一つ共通点があった。それは、ゴミを拾っているということだ。ドングで次々とゴミを拾っては、手に提げている大きなゴミ袋へ入れている。八月のとても暑い時期に、泳ぐのではなく、ゴミを拾っているのだ。

 ニュースキャスターがその方々の中の一人に声をかけて、どうしてゴミを拾っているのですか。と問いかけた。すると、

「私たちは、こうやって海のゴミを拾って奇麗にするボランティアをしているんです。このままゴミを放置しているといけないので私たちが拾っているんですよ。」

と答えていた。キャスターがさらに、大変ではないのですか。と問いかけると、

「大変ですよ。でも、この海は私たちで守っていかないといけないんです。」

と答えていた。

 私はとても驚いた。ボランティア団体の方々は、海のゴミを拾っても給料をもらえたりはしない。しかも、暑いし、ゴミを拾うために時間を割かなくてはならないのだ。なのに、彼らは海のゴミを拾い奇麗にしている。これは、きっと、海を守ることが彼らにとって、汗水垂らしながらゴミを拾うことよりもずっと大切なことだからなのだと思う。しかし、そのような考え方を持たない人もたくさんいる。海のゴミは年々増え続ける一方だ。これは、ボランティア団体の方々の活動を知らずに、ゴミは消えて無くなるものだと考えている人たちが招いたことだ。この間違った考えを持った人々が、少し考え方を変え、気をつけることで、海のゴミは無くなることにつながるのではないだろうか。

 もし、私がこれから先、海に行けるようになったなら、海のゴミを拾うボランティアに参加してみたい。そして、私のように海を知らない子どもたちの海のイメージが、美しいものであって欲しい。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作19

感謝 -私が学んだこと-

帝塚山中学校 1年
松永 愛央

 「松永、よく頑張ったな。おつかれ。今回は、しょうがないよ。体調不良で全然練習できなかったんだから。でも、後悔するなよ。運が悪かったと思え。挑戦したのは、松永が決めたんだ。二十歳になったら、助教として来い。そのときに、合格証を渡す。」

 この言葉は、私が小学六年生の時の当時の担任から頂いた言葉だ。この言葉によって、失くしつつあった前向きな心をとりもどしたのだった。

 私は小さい頃から、泳ぎを得意とする子ではなかった。幼稚園生のときは、中耳炎を患っていたのでプールでの練習は数えられる程しかしていなかった。それでもとくに何も思っていなかった。気になりだしたのは、小学二年生くらいだった。小学校の水泳だけでは、あまり上達しなかったからだ。そこで私は、近所にあるスイミングスクールに通うことになった。最初の一年くらいはコツがつかめなくて、ずっと同じクロールのコースだった。折角できた友達も私より早く進級テストに合格して、私より後から入ってきた子もどんどん私を追い抜かしていった。最初の方は友達が先に合格してしまうのが怖かっただけだが、何ヶ月かたつと友達が進級するのが寂しくて自分が合格できないことがくやしくなってきた。それでより一層前より練習にきちんと取り組むようになった。そのおかげもあってか、次の進級テストで見事合格して平泳ぎコースに昇格できた。私が平泳ぎのコースに昇格したことをクロールのコーチも大喜びしてくれた。平泳ぎのコースに昇格してからは、順調だった。小学校での水泳の授業も楽しみになるくらい、平泳ぎができるようになった。小学六年生になってからは臨海学舎前になり練習もハードになってきた。二十五メートルを往復する練習もはじまった。最初は体力が全然もたなくて、何回も足をついていた。つくたびに先生に注意されて、楽しみな水泳の授業もだんだんと嫌になった。少しづつ我まんしていくと、体力もついてきてあまり足がつかないようになった。私はやはり嬉しかった。やっと自分の努力が実りはじめたような気がした。でも、自分の事だけを考えるのはよくなかった。臨海学舎では、隊列を組んで泳ぐ。だから、隣の人とも息を合わせて泳がなければいけなかったのだった。

 臨海学舎本番。どんよりとした天気だった。私の心もどんよりとしていた。なぜなら、体調があんまりよくなかったからである。その日の海での実習訓練も参加できなかった。皆がいきいきとしている中で、一人でぽつんととり残された感じだった。二日目、朝起きてみるとどしゃ降りだった。最悪、私は心の中でつぶやいた。その日は前日に比べて、体調がよかった。やっと実習訓練できる!と思ったのに…。三日目もどんよりとした天気だった。私はこの日に、五百メートルテストと、遠泳をひかえていた。海で実習訓練をしていないので、不安で不安でたまらなかった。この日も体調が良くなかったので、五百メートルテストを受けるか迷った。私は、受けることにした。やらずに後悔するよりもやって後悔する方がいいと思ったからだ。五百メートルテスト本番。距離を見たら、あ…こんなもんか。と甘く見てしまった。海の水はとても冷たく身体にじーんときた。三百メートルくらい泳いで、だんだん体力的にきつくなってきた。でも、あきらめずにやりたいと思ったので我まんした。四百メートルくらいまで泳ぐと少し余裕がでてきて、今足着くかな?と考えた。足を延ばしてみた。それからあまり意識がない。ただ、先生が私の名前を叫んでいた。私は多分おぼれたのだろう。助教の先生に助けられたと思う。気がついたら、号泣していた。テントの下で泣いて、泣いてただ涙を流していた。私が落ち着いた頃、先生が前で述べた言葉を私に下さった。私に下さった言葉のおかげで、遠泳で必死に頑張っている皆を心の底から応援できた。皆が完泳できたときは、自分が完泳できたときのように素直に喜べた。最後に皆で写真を撮った。この時の私は満面の笑みを浮かべている。ああ、本当に前向きになれたんだと考えられる大切な一枚だ。

 臨海学舎から学んだことはたくさんあった。私が今思うのは、あの時挑戦してよかったということだ。失敗はしたけれど、いろいろな人に助けられて前向きになれた。だから、後悔は全くしていない。それどころか、感謝している。とにかく何事にも、挑戦してみるという事が学べたからである。もし先生がいなかったら、私も後悔していたと思う。先生がいてくれて、本当に良かった。私も将来、先生のように人の役にたつ大人になりたい。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作20

海と私

帝塚山中学校 1年
ヘイマンジョイス 花

 私は今年の七月末、京丹後市の浜詰海水浴場で行われた臨海学舎に行きました。実習では平泳ぎで泳がなければいけないのですが、私は平泳ぎができず、人並みにできるようになるまで苦労しました。初心者指導では泳げるようになるまで特訓しました。私は測定班だったのですが、最高二百メートル泳ぐと聞いて、「そんなことが本当にできるのか。」とおどろきました。

 そして、海で泳ぐ日が来ました。私は、クラゲが出るんじゃないかと思い、海に入ることを恐れていましたが、七月末、しかも浅瀬に大きなクラゲが出るわけがなく、一匹も見えなかったので、安心しました。一日目、二日目は三日目の本番に向けて練習をしていたのですが、海の水は冷たく、塩辛く、波もあり、プールよりもはるかに泳ぎにくかったです。私はなぜか何度も隣で泳いでいた友達にぶつかってしまい、友達に怒られてしまいました。

 二日目は、足が底につかないよう、心がけて泳ぎ、友達を蹴らないようにも意識しました。カーブで曲がるのが少し難しかったです。二日目は一日目と違って朝も昼も実習があったのでたくさん練習することができました。その日の夜、遠泳に行った班のうちの大遠泳で、クラゲを見た人がいたり、測定班の中で足に海草が絡まった人がいたと聞きました。

しかし、それを聞いていた先生が、

「クラゲは仲間、海草は食べ物。」

と言っていたと友達から聞き、確かに、と思い、怖いと思うことはないんだと思いました。

 そして三日目、本番の前に仮測定がありました。仮測定では、二百メートル泳げるのかと思いつつ、どっか自信がありました。

実際、二百メートル泳ぐことができました。そして、その後先生に、

「あなたは途中、変な方向へ行ったから二百メートル以上泳いだはず。本番も大丈夫!」と言われ、その言葉も大きな自信につながりました。

 午後、測定を行うまでの待ち時間、私は友達と、二百メートルを泳ぎ切ろうと何度も約束しました。その時の私には、不安はありませんでした。測定するための旗を持つ先生の中には私の大好きな先生もいて、少し緊張しましたが、先生がいるから頑張ろうとも思えました。

 そして迎えた本番。私はとにかく楽に泳ぐよう努めました。そのおかげで少し余裕ができたので、大好きな先生の前では、息継ぎをするとき変な顔をしないように心がけました。いろんな先生が応援して下さって、特に大好きな先生が応援して下さったときは水中でニヤけてしまうほど嬉しかったです。そして二百メートルを泳ぎ切ることができました。あの時の達成感は忘れられません。測定班全員の測定が終わり、大好きな先生がハイタッチをしてくれて、本当にうれしかったです。その後は、誰が一番長く浮くことができるかを競争したり、海中で鬼ごっこをしたことを覚えています。

 最終日は、マリンワールドに行きました。水槽の中ですごいスピードで泳いでいるペンギンがいて、私もこんな風に泳げたらな、と思いました。また、フナムシを触れたり、トドが水に飛び込んでいたり、いろんな小さな魚が泳いでいたりしました。最後にイルカのショーを見て、人間の言うことを聞くことが出来るイルカは相当かしこいんだろうな、と思いました。これで、臨海学舎の全ての行事は終了です。

 臨海学舎では集団生活を学ぶことができ、海でいろんな体験をすることができました。臨海学舎に行くまでは、海は恐ろしいものだと思っていた私でしたが、海でいろんな生き物とふれあったりすることも大切なんだと感じました。私は海にめったに行くことはなかったのですが、これからは海に行く機会を増やしたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作21

帝塚山中学校 1年
荒木 香那美

 私はこの前臨海学舎で京都の丹後半島へ行きました。海で泳ぐときはプールより体が浮いて泳ぎやすかったけど、海の水がしょっぱくて、とても冷たいです。楽しいけど水が口や鼻に入るのが嫌です。いつもなんでこんなにしょっぱいのかと思ってしまいます。そこで私は海のことについて色々と調べて見ることにしました。

 まずしょっぱい海水について調べました。海水がしょっぱいのは塩分がはいっているからというのは誰でもしっていることです。でも塩分が入っている理由がわからなかったのでしらべました。地球ができた今から四十六億年ぐらい前のこと、地球の表面はマグマで空気は水蒸気や塩素ガスで被われていました。でも、地球の温度が下がるに従って空にあった水蒸気が雨となって塩素を溶かしながら地球に降り注ぎ、それがへこんでいるところにたまっていきました。地上に雨となって降って地下に浸透した水は地上に吹き出しました。その繰り返しを何千年も続けている間に海が出来たのです。最初は海水は酸性でしたが、長い間に多くの物質は沈殿したり化学反応で取り除かれて塩化ナトリウムなどが残って今の海になったそうです。

 次に波はどうやって起きているのか調べました。原因は2つあります。1つは風に吹かれて波ができるということです。地球には偏西風、貿易風とかのように常に吹いている風があります。そして海水はこの風によって起こされた波をゆらゆらと遠くまで伝える性質があるので波が遠くまでいくことになります。2つ目は海水の動きによって波ができるということです。海水の動きは流れを生じさせてその流れも風と同じように波を起こしています。この海水の動きを作りだしているのは地球の自転や公転と月、太陽、そのほかの惑星などとの引力が関係してひき起こされているのです。この2つの原因によって絶えず動いているのです。

 その次に水自体は透明で、海水をすくってみても透明なのに海が青くみえる理由について調べました。海が青い理由は三つありました。一つ目は太陽の光が関係しているということです。太陽といえば、赤の色で表されることが多いです。しかし、太陽は赤などの単色ではありませんでした。太陽の色は様々な色が含まれた白だったのです。海水に太陽の光があたったら、青以外の色は海水に吸収されるので、海は地中深くまで進んでいくので海水が青く見えるのです。二つ目は光の反射が関係しているということです。太陽の光が海に入ると、海底の砂まで進んでいきます。そして、砂で反射してまた地上へと向かっていきます。こうやって反射した光が目に入ることも海の色をつくるしくみになっているそうです。三つ目は空が関係しているということです。空の青を海が反射して青くみえます。快晴のときは青い色がいつもよりきれいにみることができ、空が夕焼けになっているときは、海も夕焼け色になります。この三つの理由で海は青くみることができるのです。

 次は海の深いところについて調べました。海で最も深いところは、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵東部というところで、一万九百二十四mもあります。海の深さは音響測深機を使います。海中では電波が伝わらないので音を使って測定します。これまで水深八千mぐらいにヨミノアシロかシンカイクサウオという魚がいることがわかっています。

 私は海のことについて色々調べました。調べたらいろいろわかりました。みなさんもぜひ調べてみてください。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作22

生きている海

帝塚山中学校 1年
宝栄 真里

 私は毎年、愛媛県に行って海で遊んだり、泳いだりします。その間にお父さんとおばさんが、サザエやウニ・アワビなどをもぐってとりに行ってくれます。

 私は今年もいつものように、海で遊んでいるとおばさんが、ウニをたくさん網に入れて持ってきてくださいました。それからしばらくして、私はおばさんのお家に帰ることにしました。ウニの網を持って砂浜を歩いているとだんだん手が痛くなったので引きずるようにして運んでいました。すると、足の裏にいきなり痛みが走り、歩くのを中断しました。けれど、重たい荷物があったので、気にもとめずに再び歩き始めました。おばさんのお家に着いて、重たい荷物を下ろして一息ついてから、足に痛みが走ったことを思い出して足の裏を見てみると、黒い点のようなものが二つ付いていました。私は、メガネをかけていなかったので、小石だろうと思い水でよく洗って再び見ましたが、まだついています。なので、近くにあったメガネをかけてからもう一度見てみました。すると、それは小石ではなくて、ウニのトゲの先端でした。そのうちの一本は奥まで刺さっていなかったので、自分で抜くことができましたが、もう一本は奥まで刺さっていたので自分で抜けなかったので、おばさんに抜いてもらいました。抜けたので良かったですが、冷や汗が出る程に痛かったです。そのとき私はウニが網の中で必死に針を動かしてもがいていたのかなぁと思っていました。

 しばらくして、お昼ごはんの時間になりました。お昼ごはんは、そうめんとサザエとアワビとウニでした。いつもなら、ウニを一切れは食べるけれど、その時は食べることを躊躇してしまい、一切れも食べられませんでした。そのとき、今まで元気に針を動かしていたウニがもういないんだなぁ。と思いました。すごく当たり前のことだけれど、普段生活しているなかで、そのことを実感することがあまりないので少し考えてみました。よく行くスーパーには生きている動物はなかなか見ないので何も感じるものがないけれど、すごく普通なことだけれどあのパックにつめられた切り身は生きていて、私と同じように息をして生活していたんだなぁ。と思いました。色々な生き物が住んでいる、「生きている海」と共に生きていきたいな。と思いました。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作23

私達だからこそ

帝塚山中学校 1年
尾崎 文香

 地球は水の惑星。地球の七割は海である。

 そして私達が住んでいる日本の周りは海だ。海は広く美しいものであった。今の私達世代は、東日本大震災が起こり、その津波いや海の恐ろしさを感じ海に恐怖を抱いている人が多数いるのではないか。

 しかしながら、私達は島国に住んでいるということを忘れてはいけない。昔から海と密接な関係を保ちながら生活してきた。何事もこわいからといって目を背けることはできない。例えば、数字が苦手だったとする。でも苦手だからといってずっと勉強していなければ散々な結果となり、後の自分に返ってくる。

 同じく海が怖くても、海が周りに広がっているということは事実だ。だから違う視点から考えてみた結果、長所を見いだし何か活用できないものかと思ったのだ。

 みなさんは海洋温度差発電というものを知っているだろうか。私は聞いたこともなかったのでインターネットで調べてみた。すると他にも潮力発電、波力発電というのもあった。

 しかしそれは現段階ではメリットよりもデメリットの方が多い。デメリットを三つあげてみる。一つ目は設置する場所がないということ。貯水池を作るには干潮と満の時の潮位に一定の差があるところでしか発電できない。二つ目は機材がさびてしまうこと。海水には塩分が含まれているため、メンテナンス費用がかかってしまう。三つ目は設置するのが困難なため、設置するだけで人件費がかかってくるということ。そのため日本ではまだ上手く稼動していない。

 海のマイナス部分だけ考え、いつまでも遠ざけていても仕方がないので、海の力と長所に目を向けて、海洋産業研究という道へも注目していきたいと思った。海は広く、美しく、発電もできるといったイメージになる日が一日も早く訪れることを願っている。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作24

海を守ること

帝塚山中学校 1年
斉藤 里和

 漁師の祖父を持った私の父は海で育ちました。和歌山市の「和歌浦」という地域で生まれたため、幼いころから父の遊び場は海でした。

 「和歌浦」とは雑賀崎という地域一帯のことです。和歌浦は昔から大変景色の美しい海と知られており、十九五〇年には毎日新聞による「新日本観光地百選」の海岸の部にて一位を獲得し、全国的に知られるようになりました。また、聖武天皇の行幸の折に、お供していた山部赤人が万葉集で詠んだこともありました。

 しかし、十九七〇年代、和歌浦の観光開発は過剰になっていきました。天然の砂嘴であった片男波を人工海岸に変えるなどをして、地形を大きく変えてしまったのです。それにより、従来の景勝地としての情趣がうばわれ魅力に欠けるものとなってしまい、訪れる人も減ってしまいました。更に、その影響で宿泊客も減少し、借り手のなくなった宿泊施設はピーク時の半分ほどまでに減少してしまいました。そのため、和歌浦は二〇〇二年頃に廃墟ブームが勃発すると、「廃墟の聖地」と揶揄されるようになってしまったのです。

 これまで私は「過剰な観光開発」と聞くと「海が汚れてしまう。」「環境に悪い。」ということしか思いませんでした。けれどこの和歌浦の過去を知って、海を汚すことはその地域の経済にも悪く、結果的に衰退へと導いてしまうのだということを初めて知りました。それでも父の家にある海は、今でもきれいだし多くの生き物達もくらしています。そんな場所はこれからもずっとずっと守っていければいいなと私は思います。

 海を守ること。それは環境や地球を守ることであり、また、生き物達を守ることでもあります。そしてそれと同時に、町を守ることでもあるということを忘れないようにしたいです。

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~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作25

海の生物

吹田市立 第一中学校 1年
森田 莉美夏

 私は、海にすんでいる生物が好きです。その中で、私が好きな面白い海の生物を紹介していこうと思います。

 まずは、私の一番好きな、メンダコから紹介していきます。メンダコとはタコの一種で、とても柔らかいそうです。なぜ私がメンダコが好きなのかというと、仕草がとても可愛らしいからです。耳のように生えたヒレを、パタパタと動かして泳ぐ姿は、なんとも可愛らしいです。メンダコは、暗い深海の方にくらしているので墨袋は無くなり墨は吐けないそうです。ちなみにメンダコは一応食べれるものの、味はとても不味いと言われています。私がメンダコを知ったきっかけは、ある水族館に行ったときでした。私は、その愛くるしく泳ぐ姿に、夢中になりました。メンダコはかなり人気で、ぬいぐるみやスマホカバー等も販売しているようです。

 次は、クラゲについてです。クラゲには、色んな種類があり、さまざまな形のものがいます。その中でも一番好きなのが、普通のミズクラゲです。傘の下から透けて見えている器官が四つ葉のクローバーのようで、とても可愛らしいです。それに、水の中をフワフワと舞う姿を見ると、とても癒されます。ライトなどで照らすと、光が透けてとても神秘的です。その他に好きなクラゲは、ピンク・ミーニーという可愛らしいクラゲです。とてもきれいな色で、ふっくらしていて可愛いのですが、実はこのクラゲは他のクラゲを主食にしているそうです。ちなみに名前の意味は、ピンクのいびり屋という意味だそうです。まさに名前の通りだな、と思いました。他にも、ベニクラゲというクラゲが好きです。このクラゲは、なんと不老不死の力を持つ鮮やかな赤色のクラゲです。普通なら有性生殖の後死んでしまいますが、このクラゲは再びポリプへと戻ることができるそうです。

 最後は、ウミウシです。ウミウシにもたくさんの種類がいます。私はその中で一番好きなのは、パンダツノウミウシです。なぜかというと、ほっぺたがあるように見えて、とても可愛いからです。名前の通りパンダに似ています。次に好きなのはシロウサギウミウシです。このウミウシは、ツノの部分が赤色で、その他の部分は白色でふっくらした見ためです。なぜ好きなのかというと、おもちみたいで美味しそうだからです。次に好きなのは、シンデレラウミウシです。むらさきとピンクを混ぜたような色で、白くてヒラヒラとしている部分がドレスのようでとても上品です。海を歩く姿はまさに美しいドレスをまとった姫のようで、とてもエレガントです。なぜこの名前が付けられたのかはよくわかりませんが、私的には、シンデレラが手をあげておどっているように見えます。ヒラヒラのドレスがよく似合っています。

 私は、海の生物についての知識はまだまだなのですが、それでも海の生物に対する愛はあります。これからも調べていきたいです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作26

日本の漁業の課題

吹田市立 第一中学校 1年
阿部 真秀

 このままでは、日本で獲れた天然魚が食べられなくなってしまいます。そんな訳が無いと思う人がいると思います。あなたはどんなおすしのネタが好きですか。人気のあるサーモンやマグロ、エビなどの多くは、輸入や、養殖です。なぜ減ってしまったのでしょうか。

 大きな原因は、魚の獲りすぎにあるようです。調べてみると、魚が減少し始めたのは、つい最近の事ではなかった事がわかりました。

 それは、自国の水産、鉱産資源などを他国から侵害されず独占的に行使できる権利を守るため、一九七七年に施行された二百海里水域が設定された事からはじまりました。それまでの日本の漁業を、遠洋漁業が支えていました。しかし、二百海里水域が設定されると、遠洋漁業は打撃を受け、漁獲量が減少し続けました。そして、二〇〇五年には最盛期の十五パーセントにも満たない程に落ちこんでいました。しかし、漁業全体の生産量は一九九〇年代まで伸び続け、一九八四年には最高の生産量を記録しました。なぜだと思いますか。僕は、この頃から養殖業がさかんになっていたのかなぁと思いました。でも実際は、遠洋漁業で落ちこんだ分の減少量を沖合漁業、沿岸漁業が補っていたのです。生産量が増えていた間は良かったのですが、一九九〇年代に入ると、乱獲を行った分が返ってきました。これまで豊漁だったマイワシやマサバが不漁になりました。それは遠洋漁業をカバーするために獲っていた分、魚が減少したのです。自分がした事は全て返ってくる、全くその通りだと思いました。

 その不漁を補ったのは輸入と養殖でした。主に輸入の魚は、エビ、マグロ、サケ・マス類、カニ、カジキなどです。養殖魚は主にブリ、マダイ、カンパチ、クロマグロ、トラフグなどです。僕の大好きなマグロも国産ではなくほとんどが外国からの輸入に頼っている事を知っておどろきました。また、よく食べるエビやサケ、ブリなども輸入や養殖だと知って、日本の天然魚は何があるのかなぁと思いました。

 僕はこのまま日本の天然魚が食べられなくなるのはいやです。そこで漁業で栄えた、漁業先進国ノルウェーの資源管理の仕方が素晴らしいと思いました。

 ノルウェーも日本と同じ過ちを犯してしまいました。そのせいでニシンやシシャモが減少しました。しかし、すぐに六年もの禁漁を行い、二〇〇九年にそれが解禁されました。それはニシンやシシャモが増えたからです。またノルウェーは船ごとに漁獲枠が決まっているという特徴があります。漁獲枠とは、特定の魚の種類ごとに捕まえていい数を定めたものです。船ごとに漁獲枠が決まっている事により、他の船と張り合って無理をして魚を獲ることがなくなりました。すると相場を見ながら、売る事ができます。つまり張り合わないでいいので無駄が減り、水産資源が守られます。漁師も相場を見て売る事ができるので得をします。まさに一石二鳥です。それが日本の場合は、漁法や漁船がたくさんあるため、船ごとに漁獲枠を決めることは難しいです。それでも、漁獲枠を減らす事はできます。日本の場合は、一つ一つの種類ごとに毎年、環境やデータなどを元にして、国が漁獲量枠を割り出します。でも、その漁獲枠に問題があります。例えばサンマの二〇一四年の漁獲枠は約四十万トンでしたが、実際に捕まえた量は約二十万トンと、二分の一でした。つまりまだまだ捕まえてもよいという事になります。国が獲りすぎをうながしているようなものです。漁獲枠が減れば、必ず漁獲量も減ります。すると水産資源を守ることができます。

 ノルウェーの漁師は改革によって水産資源を守る大切さを実感したそうです。こんな事があったそうです。例年では一度の漁で三百から五百トンものサバを獲ってくる船が五十から百トンのサバしか獲ってきませんでした。それはなぜでしょうか。ノルウェーもまた魚を獲りつくしてしまったのかなと思いました。でも理由は全く違いました。それは小さな稚魚が多く、大きなサバが少なかったからです。日本はこのような場合逃がさずに捕まえてしまいます。一、二年待てば大きく立派なサバになるのに、それはもったいないなぁと思いました。そして、その稚魚は動物の餌として売られる事がほとんどだそうです。

 獲った全ての魚のうち約三割が餌になるそうです。その三割を獲っていなければ、このような魚が少ないという状況にはなっていなかったかもしれません。そして、ノルウェーの漁業と日本の漁業を比べると課題がみえてきました。このような課題をクリアしてこそ、日本の天然魚が守られるのでは無いでしょうか。いつか最盛期のように、たくさんの魚にあふれた日がやってくる事が心待ちです。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作27

サンゴ礁の海

吹田市立 第一中学校 1年
歌原 光希

 小学生のころ私は沖縄に住んでいました。夏休みの自由工作で私は、浜辺にたくさん打ち上げられているサンゴを拾ってきて、そのサンゴをグルーガンでくっつけ、ペン立てを作りました。今考えるとあのたくさん打ち上げられていた、白色のサンゴは、白化して、死んでしまっていたサンゴだったんだと思いました。

 サンゴ礁はみなさんも知っていると思います。では、サンゴ礁にいったいどれくらいの人がかかわっているかというと、世界のおよそ五億人の人がサンゴ礁にかかわりをもった生活をしていて、そのうち三千万人がサンゴ礁にたよった生活をしています。また、サンゴには、魚の住み家、産卵し成長するための場所を提供したり、海岸線を嵐や高波の浸食から守ったりするはたらきがあります。しかし、今そんなサンゴ礁の二十パーセントが再生不可能な状況で、残りの五十パーセントが破壊の危機に面しています。どうしてこんなにサンゴ礁は減ってしまったのでしょうか。

 サンゴには小さな褐虫藻といわれる藻の種類がたくさん体についています。サンゴのさまざまな色はこの藻の色です。サンゴはこの藻と一緒にいることでエネルギーを得るのですが、ストレス状態になると自分の体に住み込んでいる藻を追いだしてしまいます。すると、白い石灰の色になり、栄養を取り入れられなくなって、まっ白いまま死んでしまいます。これが浜辺に打ち上げられているサンゴです。なにが、サンゴを白化させてしまっているのでしょう。主な原因は四つありました。一つ目は温暖化などの気象現象です。サンゴは、通常の海水の温度より二度温度が上がるとダメージを受けるそうです。また、台風がサンゴを折ってしまうこともあります。二つ目はオニヒトデというサンゴの天敵の異常発生です。オニヒトデは、体長三十から四十センチメートルで、最大六十センチメートルまで成長します。食欲旺盛で、成長したオニヒトデ一匹が一年間に食べるサンゴ礁の面積は、五平方メートルから十三平方メートルといわれています。また、猛毒をもっているので刺されると人間も大変危険です。三つ目は観光のための開発です。施設作りが進められるとサンゴの生育環境に影響をあたえこれまでのような成長ができなくなります。四つ目は、ゴミや農薬、赤土などによる海水汚染です。海水が汚染されると、サンゴ礁に大きなダメージをあたえます。今あげた四つの理由は、ほとんどが人間によるものです。これ以上白化させないために私たちは、どうすればいいでしょうか。私たちには、ゴミをポイ捨てしない、ゴミの量をできるだけ減らす。募金に協力するなど貢献できることはいっぱいあるはずです。これからもきれいな海が保たれていくように、自分たちに出来ることからやっていきたいと思います。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作28

一人一人の意識で変わる海ゴミ問題

長岡京市立 長岡中学校 1年
宮嵜 蒼大  

 今、海ごみが問題で、海に悪影響を及ぼしていることを知ってしますか。

 ポイすてなどによって海にゴミがたまり、そのゴミの影響で海の生き物がエサとまちがってゴミを食べてしまったり、海岸に堆積したゴミのために、植物の光合成や健全な生育が阻害されたりもしています。僕はこのことを知って動物にとっても、とても危険でこの状況を変えなければいかないと思ったので、このことについて考えてみようと思いました。

 このように今海ゴミが問題となっていてその問題を解決しようとゴミを拾う活動などが行われていますがそのゴミは水分、塩分などの汚れのためにリサイクルができず、また多種多様な材質のゴミが混在しているため分別もできません。さらにゴミは時間とともに劣化し破片になります。元は大きな一つのゴミが破片化で多くのゴミに変わり、回収が難しくなります。また小さくなればなるほどより多くの生き物がエサと間違えて食べてしまう可能性が高くなります。僕は自分勝手なポイすてのために人だけでなく海の生き物にまで想像ができないほどめいわくがかかっているということにおどろきました。そしていくら小さな物でもポイすては絶対にしてはいけないと思いました。

 次に多く被害が及んでいる海の魚についてもう少しくわしく調べました。この、生物が本来のエサとゴミを区別できずに誤飲・誤食するという問題は一刻も早く止めなければいけません。このことによってウミガメやイルカ、さらに水鳥やアホウドリなどの鳥にまで被害が及んでいます。そしてゴミによっての影響は誤飲・誤食だけではなく生き物に漁網やロープなどが絡みついてはずれないという問題もあります。これにより生き物の首や口にからまって窒息してしまったりキーホルダーのリングに小魚がはまってしまうということもあります。このように人間のゴミをすてるのがめんどくさいなどといった軽い考えや人間の不注意で海にゴミが風で飛んでいってしまうなどそのようなことが結果、海の生き物を苦しめてしまうことにつながっていきます。このことをなくすために、この状況をたくさんの人々に知ってもらう必要があると思います。たくさんの人々に知ってもらうことによってポイすてが減少したりビニール袋などが風で飛ばされないよう一人一人が少しでも意識をし、被害が減るのではないかと思います。最近はあまり見なくなったポスターなどを活用して呼びかけるとよいと思います。

 最後に海ゴミによって経済的に影響を受けている問題について考えます。まず海ゴミは海の生き物だけでなく経済的にも影響を受けています。例えば海のゴミによって景観が悪化し観光客が減少したりそこに訪れた観光客から苦情が発生したりも問題になっています。また漁業にも影響を及ぼしており水産物にゴミが混入してしまうと、取り除き作業が発生したり、細かい水産物に小さなゴミが混入すると除去や確認の作業が難しくなります。さらに水産物にゴミなどの異物が混入すると商品価値を下げてしまいます。このことは、人がすてたゴミによって結果的に人を苦しめることになっていて、人が人を苦しめ、さらに生き物にまでめいわくがかかり、とても損をしている結果になっています。この問題を止めるためには、やはり一人一人が意識をすることが大切だと思います。またすてられたゴミを回収する活動が行われていますがその大量のゴミの回収、処理の費用は回収した場所の市町村が負担しています。日本におけるゴミの漂着量は日本海の沿岸で非常に多く、大都市部での漂着量は少なく、よって市民一人あたりの負担に大きな差が出てきます。また大型ゴミによって航行中の船との衝突や、プロペラの破損などの重大事故を引き起こす可能性があります。さらに、プラスチックの袋などを海水とともに吸い込んでしまうとエンジンが故障する原因にもなります。さらに、その大型ゴミによって、漁業道具である定置網などを破損させたり、底びき網を破ってしまうおそれもあります。

 僕は海ゴミについて考えて、ゴミによっての被害は僕たちが想像しているよりもはるかに被害が多く、とても重大な悪影響を及ぼしていてそれはゴミをゴミ箱にすてるといったとてもかんたんな行動をすることによって大きく変わると思います。そのようなささいな行動をしないために、たくさんの人々にめいわくをかけてしまったり動物を苦しめる結果になってしまったりしています。この深刻な状況を改善するために、たくさんの人々にこのことを知ってもらい意識をしてゴミを減らしていくことが大切だと思います。僕は一人一人が意識をし、人まかせにせず、ちゃんとゴミ箱にすてるだけで必ず大きく変わると思います。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作29

サンゴの未来に光を

長岡京市立 長岡中学校 2年
塩入 穂波

 みなさんは、「沖縄のサンゴ」と聞くと、どのようなことを思い浮かべるだろうか。真っ青な美しい海に輝く、色とりどりのサンゴだろうか。あるいは、たくさんの魚たちに囲まれ、生き生きとしたサンゴだろうか。多くの人は、このようなことを思い浮かべるのではないかと思う。しかし、本当のサンゴの姿は少し違う。美しいサンゴがあるのは、漁師の方たちに守られたわずかな領域だけで、他の場所はほとんどのサンゴが、真っ白になり死んでしまっている。私は、この夏に沖縄に行き、実際にサンゴの死がいを見て、思い浮かべていたサンゴとのあまりの違いに、とても驚いた。

 では、サンゴがこのようになってしまったのは、なぜだろうか。梅雨や台風などの影響で、栄養塩が海に流出する。すると、栄養塩を餌とする植物プランクトンが増え、プランクトンを餌とする、「オニヒトデ」の子どもが増える。そして、その「オニヒトデ」が成長すると、サンゴを食べ尽くしてしまう存在となるのだ。オニヒトデは、成長の速いミドリイシ類から、成長の遅いサンゴまで食べてしまうため、サンゴ礁の保全上、問題とされている。かつて、大発生時に、多大な予算をつぎ込み駆除作業を行っていたが、すべてのオニヒトデの駆除は不可能だという結論に至り中止されたそうだ。近年は、はじめにも言ったように、漁師の方たちの手で、状態の良いサンゴのまわりのオニヒトデだけを駆除し、未来のサンゴにつなげていくという政策を行っている。しかし、漁師の方たちがこのような活動をするのは、あくまでボランティアとしてなのである。だから、オニヒトデを駆除したからといって報酬などがもらえるわけではない。また、いくらサンゴを傷つけるといえど、オニヒトデも生き物。むやみに殺していいわけがない。オニヒトデからサンゴを守るのは、簡単なことではないのだ。

 もうひとつ、地球温暖化による高水温だという説もある。サンゴが生きる上で理想の水温は二十五度から二十八度くらいだと言われており、なるべく一定に保つ必要があるそうだ。しかし、温室効果ガスによる地球温暖化の影響で、海水の温度が急上昇し、サンゴにストレスがたまってしまい、白化という結果にいたっているのだ。温室効果ガスとは、エアコンや冷蔵庫に使われているフロンガス、生ごみや水田から出るメタンガスなどがある。また。電化製品を使用するための電気を作るときに、大量の二酸化が発生している。つまり、サンゴの白化には、私たちの生活も関係しているということだ。しかし、現代の生活で、電化製品を使わずに生活するのは、かなり難しい。先ほどあげた、エアコンや冷蔵庫のほかに、テレビ、洗たく機、オーブンレンジなど、たくさんの電化製品があり、数え始めるときりがないほどだ。そのすべての電化製品を使うな、と言われたらどう思うだろうか。私には考えられない。

 では、どうすれば温室効果ガスの排出をおさえることができるのだろうか。例えば、エアコンの温度を少し見直してみるのはどうだろう。下げすぎてはいないだろうか。暑いときは、衣類の着脱で調節したり、少しわずらわしいかもしれないが、うちわを活用したりしてほしい。ほんの少しのことで、サンゴの未来は明るくなる。また、自家用車ではなく、公共交通機関を利用することでも、二酸化炭素の排出を大幅に減らすことができるのだ。

 地球温暖化の影響で苦しんでいる生き物は、サンゴだけではない。たくさんの生き物が、苦しんでいるのだ。私たちが、少しのことを気にするだけで、サンゴをはじめ、たくさんの生き物を救うことができるのだ。それは、とても素敵なことだと思わないだろうか。私が、沖縄で見たサンゴは白化したサンゴだけではない。魚たちが自由に動きまわる中の瑞々しいサンゴも見てきた。あの美しい光景を思い出すと、このまま、サンゴ礁がどんどん消えていくのを、指をくわえて見ている気には、どうしてもなれないのだ。サンゴを守っていくためには、私たちにできることは、先ほど言ったことの他にもたくさんある。そのことを、みなさんひとりひとりに見つけて行ってほしいのだ。それを実行し、自然を愛する心を持つことで、これからの未来、サンゴはほんの少しだとしても、確実に守られていくだろう。

 地球温暖化が進んでいる今だからこそ、自然の声や叫びに、耳を傾けてはみないだろうか。

~海にひろがる夢みらい~ 近畿海事広報協会
佳作30

海と船

奈良市立 登美ヶ丘北中学校 2年
中上 碧

 今、この瞬間にも海の上を航行している船。しかし、今日となっては飛行機の需要が増え船が使われる機会は減ってしまいました。そこでもう一度船はどのように変わったのかを調べました。

 船には、大きく四つに分類されます。タンカーやコンテナ船などの貨物船、クルーズ客船やフェリーなどの旅客船、水先案内船や調査船などの特殊船、海上保安庁や自衛隊の艦艇に分けられます。今回はこの中でクルーズ客船とタンカー、そして艦艇について詳しく調べていきます。

 クルーズ客船とは、乗客に船旅(クルーズ)を提供するための船です。宿泊施設は勿論、レストランやプールなども兼ね備えています。また、マスやプレミアムなどランク分けもされています。日本籍では最大の客船と言われているのが「飛鳥Ⅱ」です。五〇、一四二トンの郵船クルーズが所持している船です。全長は二四一メートルと大型です。

 タンカーとは、通常石油類を輸送する油槽船を指す。また、他艦艇へ洋上給油を行うための設備をもつものを「給油艦」と言われます。タンカーは全長が長く船尾に機関室が置かれる形が主流となっています。タンカーがあるからこそ、今、日本で石油を使うことが出来ているのです。また万が一、火災が起きると非常に危険なため石油の送油は海上で行います。

 艦艇とは、海上保安庁や海上自衛隊が所有している戦闘力を持つ艦艇の総称。ミサイル巡洋艇は他国からのミサイル攻撃を海上で防ぐものです。単装機銃や連装短魚雷などの兵力装備により中東のタンカーの護衛や、国籍不明の艦艇に対して攻撃したりもします。またレーダーなどで不審船をいち早く見つけ出すという活動もしています。

 最近あまり見たり乗ったりしない船ですが、もう一度船について調べ、船について考えてみると自分達の生活に重く関わっていると思いました。特にタンカーは今の日本には欠かせない石油を運んでいて、あまり関わりのないと思っていた船が急に身近に感じられました。そして、艦艇は今、問題になっている北朝鮮のミサイルに対する兵力として日本を、私たち日本人を守るのに一役も二役も買ってくれている気がします。

 こうやってふだん気付かないことでも調べてみれば私たちの役に立っている。なんてことがよくある気がします。そこで、これからも色々なことを何かしら関係があると思うので今度は船だけではなく、海にも感謝したいです。