銅賞 海のための小さな力

大阪市立長吉六反中学校 3年 逸民 璃心

 私の海での体験したことを書こうと思います。小学一年生の頃、家族五人で和歌山に遊びに行きました。そこの海では砂浜から離れた少し沖の方に浮かぶすべり台を設置してくれていました。久しぶりの家族旅行でもあり、私は少しはしゃぎすぎていたのだと思います。お兄ちゃんが楽しそうに何回もすべっているところを見て、早くすべりたくて、お母さんがお兄ちゃんの方を見ていて、待っておくように言われたのに、一人で浮き輪を外して階段を上がりすべり台をしようとしました。でも背が足りなくて階段をふみ外してしまい、海にしずんでしまいました。必死に顔を水から上げてお母さんを呼び、たまたま気づいてくれ、お兄ちゃんがプールを習っていて泳ぐのが速いので水の中から体を支えてくれ、水面からお母さんが体ごと引き上げてくれて私は助かりました。パニックになり、水の中でさけんでも聞こえないのに叫んでいたことを覚えています。もし、お母さんが気づいてくれなかったら死んでいたかもしれません。幸い、私はまだ小さかったからかトラウマにならなくて良かったです。今でも毎年海に遊びに行きますが、お母さんがあの時のことを忘れないように毎年話しをしてくれます。テレビで、おぼれていて亡くなったニュースを見ると私もいつ同じ状況になるか分からないので、海で遊ぶ時は、一人で入らないこと、浮き輪を必ず持っていくこと、楽しくてテンションが上がってしまっても足の届かないところなどではしゃがないこと、この三つを自分の中でルールとして決めています。大人になっても守って自分の命を守りたいです。
 もう一つの私の海での体験は、バーベキューをした時のことです。家族で毎年行っていた海岸が、次の年に行くとバーベキューが禁止になっていたことがありました。理由は、かん板にゴミのポイ捨てが多いと書いてあり、環境保護のために禁止にしたそうです。思い出してみると、毎年階段のところにそのまま生ゴミが捨ててあったり、バーベキューコンロがこわれていてそのまま砂浜に捨ててあったことがありました。ペットボトルやお菓子のゴミはあちらこちらにありました。バーベキューをする時もちゃんと決められたルールを守らないといけないなと思いました。誰がやったか分からないから、まあいいかが海を汚し、楽しい場所がなくなっていくんだなと再確認しました。だから私は海へ行く時は必ずゴミを持って帰るルールを自分で守ろうと決めました。私達ひとりひとりが日ごろの生活においてゴミの分別を意識したり、決められた処分方法に従わなかったりすることは、海を痛めつけて、結局はみんなが困ることをもっと意識すること、海が私達の生活を陰で支えてくれていることをしっかり覚えておくことが大切だと思います。
 私は、海はどんなことを陰で支えてくれているのか考えてみました。社会でもよく習っている海外との輸入や輸出は、海が私たちを支えてくれていることの大きなことだと思います。日本の輸入総額は約八十二兆円です。私たちが着ている服を見ると、東南アジアや南米の国々からの輸入品がよく見られます。これらを含め八十二兆円のほとんどが海上交通によるものです。このように、海には物を動かす場所としての役割も大きく、物の流れを安全にして行うことは私達の生活を陰で支える基礎になっています。その他にも食べ物が私たちを支えてくれていると思います。漁業や養殖業など海を使って生活を支えてくれています。
 海は私たちのすぐそばで確実に生きていて、私たちの生活を見守ってくれている存在だと今回のこの宿題で教えられました。海が与える影響は計り知れません。知ろうとすればする程、海の良いところも悪いところも見えてきます。それでも私たちは海と関わり合って生きていかなければなりません。私が海へ与える影響を良いものにするために、まずは自分が決めた海へのルールを守り、少しでも環境を守るために努力していこうと思いました。私のルールは、本当に小さくささいなものだと思います。でもそのささいなものを、ひとりひとりが守ることにより、最初は小さくても何年も、何十年もくり返していけば大きな力になると思います。そのためにも小さな力をまず踏み出したいと思います。そして友達や家族から声かけをし、この小さな力を広めていくことが私の目標です。


2023年12月07日