銅賞 近畿海事広報協会会長賞 新しい世界の見つけ方

岩出市立岩出中学校 3年 岩谷 祐

 「これに行ってみよう?」
 中学一年生の夏に母が一つのパンフレットを持ってきた。それは、三重県にある鳥羽高等専門学校のパンフレットだった。母が知り合いから、もらってきたものだった。ほんの三カ月前に中学に入学してきた僕は高校のことなんて少しも考えていなかったからとても驚いたことを今でも覚えている。
 パンフレットを見るとその学校の学科や行事が紹介されていた。特徴的なのは商船科という航海士か機関士を目指す学科があったことだ。また、高専は五年間通学しなければならないため卒業する頃には二十歳になるということにも衝撃を受けた。僕は自分の将来をそれほど具体的に考えていなかったし、漠然と県内の高校に進学して、そのとき興味のある仕事に進んでいくものとばかり思っていた。だから、高校進学のタイミングで、将来のことも考えていくなんてとうてい無理だと思った。しかし、昔から祖父が僕を連れて、釣りや潮干狩りに連れて行ってくれて、海には興味があった。聞いたこともない、身近に関わったこともないような学科だったがおもしろそうだなと感じた。だから、ほんの小旅行ぐらいの感覚でその高専の体験学習に参加してみた。
 実際にその学校に着いてみると、校舎や学校敷地がとても広くて、潮風がどこにいても感じられるぐらいに海に近かった。高校生たちも扉を開けっぱなしにしていると蟹が入ってきたり、プールで猿が泳いでいたりしてとても自然に近いらしい。校内案内では、普通の高校にはない船のエンジンを勉強する部屋や波の抵抗を実験する施設があり、見たこともないような機械がたくさんあった。また、高専が所有している練習船“鳥羽丸”にも乗せてもらった。そこでは、普段入ることができない操縦室や機関室、船員の泊まる部屋や船内の調理場などいろいろみることができた。僕が思っているよりも船の中は複雑で、操縦士と機関士が協力して船を動かしているのだと知ることができた。この体験に行ってから、より一層商船科に興味がわいた。
 学校で進路学習をするときなど、将来のことを考える度に、この経験を思い出している自分がいた。もちろん、次の年も経験学習に参加した。その時は、“鳥羽丸”が新調されるため乗船することができなかったが、船で必要なロープの縛り方やシミュレーションの機械に触れることができた。航海士の白の制服と機関士の作業服も着ることができた。二度目の体験学習が終わる頃にはこの学校に進学したいという気持ちになっていた。今では、家族で遠出する度に湾岸線から見える商船会社を目で追っている。僕の夢はすでに決まっていた。
 今も二年前に母に渡されたパンフレットが僕の机の上に置いている。このパンフレットがなければ、僕は今の進路を考えていなかったと思う。そして、今はそれが僕の進学への意識を忘れずにさせてくれる。
 きっかけはほんの些細なものだったかもしれない。でも、それが僕に知らなかった世界を見せて、広げてくれた。何がきっかけになるかわからない。自分自身が知らなかったり、身近になかったりというだけで僕の世界を限られたものにしていたのかもしれない。二年前のほんの少しの興味が今の僕に繋がっている。きっとこれからもそんな機会が何度も訪れるはずだ。だから、自分には関係ないとシャットダウンするのではなくいろんなものを見て、いろんな世界をのぞく好奇心を持っておこうと思う。そうすれば、もっと僕の世界が広がっていく。広がった世界で次は次はなにが起こるか楽しみだ。



2025年12月01日