銅賞 近畿海事広報協会会長賞 小さな約束

大阪市立長吉六反中学校 2年 西岡 杏菜

 私の心の中には、碧色をした記憶がたくさんあります。それは、海の色。波の音。そして、おじいちゃんの笑顔の記憶です。
 おじいちゃんは、釣りが大好きでした。それはもう、誰よりも。部屋には釣り竿がたくさん立てられていて、私が遊びに行くと、いつも海の話をしてくれたんです。「今日、こんな大きな魚が釣れたんだぞ」「今度の休みは、あそこの堤防がいいらしい」テレビで釣り番組を見ていると、おじいちゃんが横で「おお、これは大物だ」「あの仕掛けは面白いな」なんて教えてくれるのです。私は実際に釣りをしたことはなかったけれど、「どうぶつの森」で釣りをするのが好きで、ゲームに出てくる魚の名前をいろいろ覚えていました。ある日、ゲームの話をしていると、私が魚の名前を言うたびにおじいちゃんが「へえ、そんなもの知っているのか!」と、すごくびっくりしていたのを覚えています。いつかおじいちゃんと一緒に釣りに行ってみたい。そう、小さなころからずっと願っていました。大きな魚を釣り上げて、おじいちゃんと一緒に笑い合いたい。その夢が、私の中の「海」というイメージそのものだったのかもしれません。
 けれど、その願いは、ついに叶いませんでした。おじいちゃんが、この世を旅立ってから、一年ほどが経ちました。あの時の、胸がギュッとなるような残念な気持ちは、今でも忘れられません。もっと早く、「釣りに行きたい」とちゃんと伝えればよかった。もっとたくさん、おじいちゃんの海の話を聞いておけばよかった。そう思うと、波の音を想像するだけで、少しだけ寂しくなることがあります。
 それでも、私にとっての海は、寂しいだけじゃない、温かい記憶がたくさん詰まった場所でもあります。それは、おじいちゃんが釣ってきてくれた魚の味。特に、グレという魚をよく食べました。普段、私は生物が苦手で、魚も、正直言って得意じゃない方です。でも、おじいちゃんが釣ってきてくれたグレは、いつ食べても本当に違いました。信じられないくらい新鮮で、一口食べると、プリッとした身から海の香りが広がり、口の中でじんわりと甘みが溶けていく。まるで、おじいちゃんのような優しい味がしました。あの味を思い出すたびに、おじいちゃんが海でどんな風に釣りをしていたのだろう、どんな気持ちで私たちのために釣ってきてくれたのだろうと、色々考えてしまいます。
 田舎に帰る途中、車で明石海峡大橋を渡るたびに、海の広さを実感します。橋の上から見下ろす海には、たくさんの船が浮かんでいて、その一つ一つがすごく小さく見えるのです。あんなに大きな船なのに、海の中にいると、まるでミニチュアみたい。それを見るたびに、海の本当の大きさと、果てしなさにいつも驚かされます。
 最近、ニュースで海の環境問題について耳にすることが増えました。プラスチックごみや地球温暖化など、おじいちゃんが大切にしていた海が少しずつ変わっていると知り、とても残念です。海の豊かさは、私たち人間だけでなく、たくさんの生き物にとっての「家」です。私たちが便利な暮らしを送る中で、知らず知らずのうちに海も傷つけているかもしれないと思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 海は、私たちに豊かな恵みを与えてくれます。その海を、未来へつないでいくために、私たちに何ができるかを考えるようになりました。例えば、プラスチックごみを減らすためにマイボトルやエコバックを使うこと。ゴミをポイ捨てしないことはもちろん、見つけたら拾うことだってできます。無駄遣いをせず、物を大事に使うことも、とても大切です。そうした小さな行動の一つ一つが、きっと海を守る大きな力に繋がるはずです。
 おじいちゃんとの釣りに行く約束は叶いませんでしたが、おじいちゃんが私に残してくれた「海」への温かい思いは、今、私の心の中に強く残っています。おじいちゃんが釣ってくれたグレの優しい味のように、海は私たちに恵みと癒やしを与え続けてくれています。だからこそ、その恵みに感謝して、守っていく責任があると思います。



2025年12月01日