佳作 おいしい魚が危険になる

高槻市立川西中学校 3年 渡邉 泰成

 私の家族は年に数回釣りに出かける。今年は受験生ということもあり、いつもより行ける回数が少なかった。そのため、その少ない時間がとても特別に感じられた。すると左の方からペットボトルなどのプラスチックごみがゆらゆらと流れてくるのが何度も見られた。普段は海に散らばっているゴミのことなど考えることはない。しかし、前日に見たニュース番組で、
 「世界中で海に捨てられたゴミは海流などによって東南アジアの島々に流れつき、川の汚染につながっている。」
 という特集があったため、人間が海に捨てるゴミはどんな被害をもたらしているのか調べたくなったのある。
 家に帰ってからそのことについて調べてみると興味深い記事を見つけた。
 「2050年の海は、魚よりもゴミが多くなる」
 というものである。ゴミといってもペットボトルやスーパーの袋などが海のゴミの8割を占めているそうで、それらの重さは主だった魚より遥かに軽い。つまりは、約30年後にはゴミが海を埋め尽くすということだろう。
 それを踏まえた上で問題視されているのがマイクロプラスチック問題である。マイクロプラスチックとは日光や紫外線によってペットボトルなどが溶けて5mm以下になったものである。それが具体的に人体に及ぼす影響は現在研究途上であるが、実際マイクロプラスチックを食べた魚を食べた海鳥が栄養失調に陥ったり脂肪に有害物質が濃縮されていたのだ。現在、その影響が人体に現れていなかったとしても、
 「一分、一秒と寿命が削られているかもしれない。」
 と考えると怖くなった。
 このことに関して世界が全くといって黙っているわけではない。危機素材である細かいプラスチックの「マイクロビーズ」はアメリカ、イギリス、ニュージーランドでは製品に使用することを法律で禁じている。更に世界的有名な飲食店スターバックスコーヒーでも最近プラスチック製のストローが廃止された。しかし日本では目立った規制がされていない。これだけを聞くと
 「国が取り締まらないのが良くないのではないか。」
 そう思う人も多いと思う。しかし結局それでは海に漂うゴミの量は変わらない。それは人の心が変わらないからである。
 「プラスチック製品が少なくなったからゴミも勝手に減るだろう。」
 そんな考えは最終的に
 「だから捨てても良いや。」
 という最悪な循環を生み出し、せっかく作ったルールは必要だったのかとなる。だから「国という大きな力ではなく人間一人一人の小さな力が集まった大きな力の方がよっぽど自然を変える力になる。」
 私はそう考える。
 海に捨てたゴミは自分達の所に帰ってはきません。そのゴミは自分だけならまだしも自分の大切な人を傷つけるかもしれないということを頭に入れておいて欲しい。
 今からおよそ46億年前、太陽と共に私達が住んでいる星、地球ができた。その時にできた惑星の中で生物が生きているのは地球だけだ。
 なぜ地球にだけ生物が住めたのか。それは太陽との距離が丁度よく、住みやすい気候で水と空気があったからだ。地球が誕生してから何億年もたった後、最初の生命が海中で誕生したといわれている。しかし大気中には酸素がなく、陸上では生きていけなかった。大気中に酸素をつくりだしたのは海中にいた生物だった。そのおかげでついに陸上で生物が生きられるようになったのだ。
 地球に海があったからこそ、私達が生まれてきて、我々も元々は海の生物だった。つまり生物は海と深いつながりを持っていたのだ。しかし人間は豊かさや便利さを追求するあまり、海を汚すという、恩を仇で返すような行動をとっている。汚した海を救えるのもまた我々人間だ。だから私達生物は命ある限り海に感謝し孝行しなければならない。

2019年12月01日