佳作 きれいな海を見ていたい

串本町立 串本中学校 3年 仁木 愛里

 私の住んでいる地域は周りを海に囲まれている。自分の部屋の窓を開ければ海が見えるし、夏は近所の砂浜で貝殻を拾ったり、友達と波打ち際に立ってはしゃいだりもする。都会の人が「海に行くのはお金がかかるし遠いから大変だ。」と嘆いているのがずっと不思議だった。それくらい私は海と一緒に育ってきたのだ。
 私にとってきれいな海が近くにあるのは当然のことだった。だから、一学期に学校行事で砂浜の清掃に行った時私はとてもびっくりした。小さい頃から、きれいだと思っていた近所の砂浜にはごみがいっぱいだったからだ。確かに行動範囲が広がった小学校高学年からは近所の砂浜にあまり行っていなかったがそれでもそんなに汚かったイメージはなかった。
 それを見て私はすごく複雑な気持ちになった。ごみが増えているということはそこを訪れる観光客が増えているということだ。それはそれで嬉しいことなのだがそんな形で観光客が増えていることが分かってもあまり嬉しくない。その日は何ともすっきりしない気分で清掃を行った。
 私は家に帰ってからもそのことを考えていた。どうやったらみんなごみを捨てないのだろう。でも中々いい案が浮かばなかった。私は悲しかった。小さい頃から慣れ親しんでいた海がこれ以上汚れてほしくなかった。とりあえず自分は絶対に海に遊びに行ってもごみをポイ捨てしないようにしようと誓った。
 海にごみを捨てるということはとても危険だ。砂浜に飲み終わったプラスチックのカップを捨てようとする。もしそれに気付かないではだしで踏んでしまったらとがっている所や踏んでしまっていることにより割れた部分で足裏を切ってしまうかもしれない。砂浜のごみなら足元を見て気を付ければいいし砂浜にいる生き物なんてフナ虫かそこを歩く私達しかいないので勿論悪いことではあるが影響は少ない。しかし、ごみが砂浜だけでなく海中にまで飛んでいってしまったらどうだろう。レジ袋などを、餌と間違えて食べてしまう生き物がたくさんいるのではないだろうか。実際そういったことはたくさん起きているようだ。ごみを間違って食べてしまえばきっとその生き物は死んでしまう。そしてどんどん生き物が減ってしまう・・・。なんと恐ろしいことだろう。ごみがたくさんの砂浜、生き物のいない海。私はそんなのを絶対見たくない。
 私はただの中学生でどれだけ声を挙げてもみんなに届くことは中々ない。でも、私一人でもごみを捨てなければ少しは違う。私がごみを持って帰っている所を見た誰かがごみを持って帰ってくれればよい。そうやって連鎖し合って私が小さい頃のようなきれいな砂浜や海が戻ってくれたらなっと思う。

 

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2018年12月01日